第61回 「完璧な褥創管理の落とし穴」

2012年7月19日

症例検討会

<症例提示>

90歳代女性。頚椎損傷にて寝たきりになっている方とのことです。
実は140名の入所者がいらっしゃったが、そのうち何らかの褥創保有者が40名いたとのことです。そこで2011年1月に褥瘡委員会を立ち上げたとのことです。
中核病院より2名の看護師を派遣してもらったようです。また、勉強会や研究会への参加も行ったようです。この研究会へもそのような経緯で参加されたようです。
対象者の方は、歩行障害で入所となりましたが、褥創がみられたようです。
医師の診察、皮膚科の診察により、褥創の処置をしたようです。
局所療法は、フィブラストスプレーと、プロスタンディン軟膏を使っているとのことです。
食事は、全粥刻み食で、好き嫌いが激しく、カロリー摂取は不十分であるとのことでした。
褥創は壊死組織のデブリードメントをし、少しずつ小さくはなっているものの治癒には至らないとのことでした。
治癒しない原因について検討を行い

  1. 褥創の圧迫、ずれ、ポジショニング、エアーマットの選定など
  2. 創および皮膚の湿潤:吸収性のあるオムツ使用、清潔の保持
  3. 栄養不足

について検討し、1はできていると考え、2と3について不足があるのではと考えており、アドバイスが欲しいとのことでした。

<ディスカッション>

栄養はどのようになっているかとの質問に、身長は150cm、体重49.8Kgで、エネルギーは1184Kcal、蛋白質は 49.5g、水分は 990mlとのことでした。体重は少しずつ増えているとのことでした。それに対し、管理栄養士からは、90歳代で小柄な身体であり、十分であろうとの意見でした。
しかし、これは提供している食事の内容で、実際は好き嫌いが激しく、ミキサー食は食べられず、おにぎりなら大丈夫だったが、おかずは半分から一口しか食べない。高栄養補助食もあまり摂らないとのことでした。
管理栄養士からは、これでは500Kcal程度しかないのではとの意見でした。

ポケットの有無について質問がありましたが、以前はあったが、今はなくなっているとのことでした。

食事の時はどのようにしているのか、その時にズレがあるのではとの質問がありました。
食事は、ギャッチアップで30~40度くらいで行い、足側も持ち上げ、ずれの無いようにしているとのことでした。また、食べ始めと食べ終わりを比較し、位置が変わっていないことからもずれはないと考えているとのことでした。

おやつなどは出しているのかとの質問に、おやつも出しており、ものによっては食べるとのことでした。
食べるものもあることから、管理栄養士が関わることで、食事の好き嫌い、好きな食形態、味付けの好み、その他管理栄養士ならではの感性で、しだいに食べるものが分かって、当たり外れが無くなっていくと思うが、なぜうまくいかないのかとの質問がありました。
それに対し、管理栄養士は施設で一人であり、介護職が情報を伝え、食事の提案をするという形で、管理栄養士が関与しているとのことでした。
利用者のところへ来てくれるよう頼んでいるが、今のところ来てくれないとのことでした。
それに対する意見として、管理栄養士の係わりは是非とも必要で、うまくいったときには十分に褒めて喜びを伝え、何とかおだててきてもらうことが勧められました。また、看護職でおだてるのがうまい方が、それをいつもすることが推奨されたところ、そのようにしてみるとのことでした。

会場からは、自分の親族で90歳代の方が入所しているが、そこではエアーマットを使い、手厚い看護で褥創なしでやっている。食事の時はリクライニング車イスに二人で移乗させ、姿勢もしっかりとっている。仙骨部などにはワセリンが塗られている。食事はソフト食なども工夫され、8割方食べている。食事が残ったときも冷蔵庫などで保存し、あとで食べたくなったときにも対応できるようになっている、とのことでした。

好みに合わせた食事にして、摂取量が少ないのであれば、塩分など濃くても良いのではとの意見がありました。
それに対し、好きなものは、なすの漬け物で、塩辛いものが好きだが、これでは栄養が不足するのだとのことでした。

利用者の状態について質問がありました。
会話はできる。おにぎりは自分でもって食べる。パンも自分でもって食べる。自分の食べたいものについては、スプーンを使って食べる。とのことでした。
3食のうち、1食は栄養価の高いプリンみたいなものにしては、との提案がありましたが、そのようにやっても3日もしないうちに飽きてしまう。前に好きだといったものが、次には食べなかったり、食べなかったものを別の時には食べたりと難しいとのことでした。

会場から、なぜベッド上での食事なのか、離床して車イスなどで食べさせないのかとの質問がありました。
さらに会場の作業療法士の方からは、頚髄損傷であれば、胸から上は大丈夫であり、手は動かせる。部屋の中に閉じ込めないで、部屋から出してあげたらとの提案がありました。
またマヒがあると、ベッド上で足を上げると仙骨が倒れてあまりあがらない。むしろ車椅子の方がよいとのことでした。
この方の場合、リクライニング車イスではなく、普通の車イスでも大丈夫ではないかとのことでした。
車イスに乗せて、少し活動性を増すと、食欲も出てくるのではとの意見もありました。
例えば、おいしそうに食べる方の前に座ってもらうと、つられて食べるようになる。
また、レクリェーションなどでも、無理に入れず、逆に10m位離れたところにいてもらい、寂しい感じにすると「入れて」となるとのことでした。

ここで、以前レクリェーションをいやがったときについての質問があり、その時はベッドごと移動し、レクリェーションに加わったとのことでした。
それに対し、それではいやがるだろうとの意見でした。
いずれにしても、食事は皆と一緒に楽しい雰囲気で食べることが大切ではないかとの結論に達しました。

局所療法についての意見が出ました。
フィブラストスプレーとプロスタンディン軟膏にガーゼ処置とのことでしたが、それではズレが起こって創部および創周囲皮膚が傷むとの指摘がありました。
創周囲皮膚は傷みやすく、テープかぶれもするとのことでした。
スライドを示し、この創ではどのようなドレッシングを選択するのかとの質問がありました。

創部については、デュオアクティブやハイドロサイト、軟膏に穴開きフィルムなど、固着性のものを選択するだろうが、それらはずれ対策ができている場合である。
施設などでいろいろな方が関わる場合、スキルの差が激しいときは、ズレ対策が不十分と考え、その時はズレに強いドレッシング法を選択するとのことでした。
例えば、ワセリン塗布やセキューラPO塗布などし、ガーゼではなく直接おむつをあてるなどにするとのことでした。
つまり、介護力やまわりの環境などを考え、総合的にドレッシング法を選択するので、状況により変わるとの意見でした。

しかし、スライドを見て、この創は乾燥しており、それが治らない原因となっているとの意見が出ました。また、ガーゼを使っているが、創部にはクリティカルコロナイゼーションがあると考えられ、まずはこれを改善することを勧めるとのことでした。 「具体的には」と質問したところ、ユーパスタ軟膏に穴開きフィルムを使って感染徴候を改善し、その後はアルギネート材を使うとのことでした。

写真では仙骨ではなく尾骨であり、ずれの関与は否定できないとの意見がありました。しかし、ずれがあれば皮下にポケットができるであろうが、無いので、やはりずれはあまりないのではとの意見もありました。
少なくとも、尾骨部に強い圧迫はかかっているとの意見でした。

写真を見て、6時方向の肛門寄りに皮膚が白くなり浸軟がある。これは尿や便による汚染があるのでは、それでクリティカルコロナイゼーションがおこったのではとの意見がありました。
尿はバルーン管理であり、便は便秘気味で、2日に1回程度浣腸にて摘便しており、便汚染は考えにくいとのことでした。
皮膚の浸軟はガーゼ使用によるものだろうとの意見がありました。
本来創は湿潤、皮膚は乾燥が、基本であるが、ガーゼを使うと、創面は滲出液をガーゼが吸って乾燥し、吸った滲出液は皮膚にとっては過剰な湿潤をもたらし、皮膚は浸軟してしまう。つまり、ガーゼ処置は、皮膚は湿潤、創部は乾燥、という理想と逆の創管理になってしまう。
ガーゼの使用は中止し、オムツを直接当てることにしてはとの提案がありました。
オムツには水分を吸収すると固化するポリマーが入っており、一旦吸った水分は外に出にくい。また、油性軟膏やクリーム剤をガーゼは吸ってしまうが、オムツは吸わず創面に留める。つまり、過剰な滲出液は吸収して皮膚は乾燥を保ち、創面には油性軟膏などが残って湿潤状態を保てる。オムツは大変優れたドレッシング材であるとの意見でした。

以上により、アドバイスとしては、栄養を整えるために、管理栄養士をおだてる。
楽しく食事ができるように、また部屋に閉じこもらないように、積極的に車イス座位を取ってもらう方法にする。食事は楽しく。
局所療法は、ガーゼは止めてオムツを直接使用にする。また、創感染をコントロールする。
となりました。

さっそくやってみるとのことでした。

相談タイム

相談タイムでは、相談症例の提示はありませんでしたが、興味深い質問がされました。
先に発表した症例では、ポジショニングはどのようにしていたのかとの質問でした。
そこではっきりしたのは、40名いた褥創患者は、現在1名まで減っており、残る1名がこの発表症例であったとのことでした。
どうやって40名を1名にできたのかは、徹底的な体圧分散とポジショニングであったとのことです。

全ての褥創患者に対し、圧はどこにかかっているのか、どのようにすればその圧が下がるのか、について、体圧計を使って測定し、枕などを1枚入れたり外したり、角度を変えたり、足の位置を変えてみたりと探していったとのことです。また体位変換も同様に方法を決めていったとのことです。
介護者が同じようにできることを目指し、ベッドサイドに写真を貼って徹底したとのことです。

褥創の方だけではなく、褥創発症の危険があると考えた全ての方に行って、今いる褥創患者はこの一人とのことでした。途中褥創を発症しても、直ちに対策することで、1週間以内に治癒しているとのことでした。

栄養に関しても、食事費用が決まっており、栄養補助食品などは介助職員が自分のお金を出して用意しているとのことでした。熱心さから自然にしてしまうとのことでした。

会場では皆感心しましたが、このように完璧なポジショニングによって、車イスに座らせることを忘れ、ベッド上での体圧分散した姿勢での食事となり、楽しくなくなったとも考えられました。
食事はあくまでも楽しく、社会性を持ってもらおうということになりました。
しかし、この徹底的な体圧測定によるポジショニング検討は、面倒なようですが、実は近道なのだと納得させられました。