第56回 「QOLの重視、情報の共有」

2011年9月15日

症例検討会

<症例提示>

脊髄損傷患者の褥瘡ケアにかかわり学んだこと

症例は60歳代男性で、2年前に自転車事故で頸椎損傷となりました。この時、仙骨部と右大転子部に褥創を発症。年末には尿路感染症で入院となり、その後施設へ来られました。
身長174cm、体重50.7kg、BMI 16.7、摂取カロリー1280Kcalで、自立度はC2でした。骨が突出し、拘縮があります。
全麻痺は伸展拘縮となり、不全麻痺は屈曲拘縮になるとのことですが、この例は屈曲拘縮でした。麻痺があると血圧低下、麻痺部位の発汗、体温上昇がみられ、褥創発生しやすいといわれています。

仙骨部褥創は、3ヶ月で治癒し、右大転子部の褥創は、2ヶ月で治癒したようです。
3ヶ月前に仙骨部に褥創を再発しましたが、ビジダームにて治癒と判断し治療を中止。ところが実はDTIだったらしく皮膚損傷は治癒したが皮下の損傷が強く褥創を発症してしまったとのことでした。当初ワセリンを使用していましたが、発熱し、デブリードメントをしたそうです。その後解熱しましたが、カデックス軟膏とデルマエイドにて処置。体圧分散寝具も、ビッグセルからアドバンに変更されました。
しかし、床上安静にしたことで、逆にずれを生じたようです。車イスにロホクッションを用い、ポジショニングも統一することで、食事も自律摂取可能になりました。褥創もサイズが小さくなってきました。

褥創再発にあたっては、一見治癒したように見えてもDTIであったことや、便による汚染の関与が考えられました。対応として、チーム内での不統一があり、ケア方法を統一してボードに書いてベッドのところに設置したことと、院内の器材を有効利用したことで褥創は改善していきました。
この例では、栄養補助食品によるカロリーアップで治癒が進んだが、途中、本人の意見を入れてカロリーダウンになった時には治癒が進まなかった。そこで本人の趣向を入れながらカロリーアップすることで、創治癒が見られるようになったとのことでした。

関係者はいろいろな思いがあったとのことです。医師は「ギャッチアップをして欲しい」「車イスの時間を作りたい」「オムツのあて方を工夫して欲しい」との意見でしたが、看護者の思いから、褥創があるのでベッド上安静にし、便漏れ予防のためパッドをあてて医師の思いに答えられなかったようです。
また患者の思いは、「旅館へ行って温泉に入りたい」「曲がった足を伸ばしたい」「左手でパソコンを使ってチャットしたい」「家を放置してあるので心配」などでした。
これらの思いを含め、全てのスタッフが情報を共有することで「安静を重要視しADLやQOLを低下させている」という状況を変えていった。まずいろいろな先進の器材を使うとともに、ベッド頭側部に看護師でもリハビリ職員でも分かるよう大きな紙に処置法などを書いて貼るようにした。同様のことは、処置の仕方、ギャッチアップ法、食事介助の体位、移動移乗の仕方などでも行っているとのことでした。

<質疑応答>

ケア法を書いたボードを、家族や面会者が見ると問題なので、コンパクトにして他の人が見ても分からないようにできないのかとの質問がありました。
それに対し、介護者の高齢化などが有り、大きくしないと分かりにくいとの返事でした。
やり過ぎではないかとの質問に、多くの職員に理解実践してもらうため大型の板に書いているとのことでした。
他の施設から、これと似たことをやっている。大きくはしていないが、ベッドの頭の上部にマグネット板をおいて、そこにマグネットを利用してメモ程度の用紙に書いて貼っているとのことでした。

他の質問として、『ポケットのある褥創に「エアマットの上で体位変換し、より良い寝具を使っていく」のか、「離床して車イスに乗る」方が速く治るのか』との質問がありました。
離床は本人のQOLを考えてする。ポケットがあると動かすと良くないが、皆でちゃんとした器材を使い、離床を進めながら褥創も治すことが最近の考えであり、そのために介護や看護職が問題を検討して乗り越えていきたいとの意見があった。
発表者からは、ズレについては、「本人は離床したい」のだが、リクライニング車イスにジェルクッションではダメだったので、ロホクッションにしたら褥創の改善がみられた。このように、本人の希望を叶える方向で検討した。納涼祭の時に、そこへ行って楽しんでもらいたいとも考えた。とのことでした。
このように、安静第一よりも、車イスも使ってQOLを高めながらの治療は、レベルが一歩進んだ方法です。

ドクターからの「オムツのあて方を改善せよ」に対してはどうしたのかとの質問があった。便意が無くいつ出るか分からないため、当初おむつをあてぐるぐる巻きにしていた。回診のたびに医師から指摘を受け、褥創部にあたらないよう、うんこがこぼれないようにした。との答えでしたが、もっと具体的にとの質問が出ました。
紙おむつの中にいっぱいあてていたのを、紙おむつの中は蒸れるので薄くし、外側に漏れた便をキャッチするため、メディカマットをかぶせて全体を薄くしたとのことでした。

全体として、キズを治すときに「保守的な治療法」から、「患者の気持ちに添いながら支援し、キズを治していく」にシフトしていった。そして褥創の治癒ばかりに焦点を当てるのではなく、患者のADL、QOLを考えながら治癒をめざすようになっていった。とのことでした。

相談タイム

<相談>

施設では多くの職員がいて情報の共有が必要である。看護師、ケアワーカー、リハビリ、介護職員など、情報の共有が難しい。ケアする上で、重要なポイントが幾つかあって、一つでもやらないことがあると褥創が悪化する。他の病院や施設ではどうしているのか。

<ディスカッション>

フロア毎に連絡ノートがあり、それに書き、担当者が答えを書く。読んだ人はサインする。として情報共有を図っている。ノートは患者毎ではなく、フロア全員の情報を1冊で行っている。とのことでした。
他の施設も、各フロアで連絡ノートを作っている。看護用、介護ヘルパー用もある。必ずスタッフ内で読む。読んだらサインする。ヒヤリ・ハットもノートを作るようになった。とのことでした。
さらに他でも、ノートで連絡している。介護士と看護師で分けて書いている。実際は違ったことをやっていることがあり、初めから違っていたことがあとで分かることもある。ノートも良いが、看護師と介護士が一緒に回ることも大切と思う。とのことでした。
ノートにサインしていても2~3日したら忘れていて、あまり効果がないのではとの意見もありました。

他に、話し合いまで持って行かないとダメなのではないか。書いた人の思いと、見た人の思いは違う。「言うは易し、行うは難し」との意見でした。
1日1回カンファレンスはしているが、なかなか意志が通らない。1週間ぶっ続けで言っていて、ようやく伝わった。しかし、3日後にはもう情報が変わっている。あるいは3日ぐらいしたら忘れている。それで挫折した。とのことでした。
また、朝ミーティングしており、各看護師、介護士の代表者が、各フロアからの変化を伝え、フロアに持ち帰り引き継ぎをする。しかし、勤務していない人には漏れる。介護回診は各フロアでやっており、パソコンに入れて、各フロアから見られるが、見なければもちろん抜けてしまう。

「気付きノート」を作って、「この人には拘縮が強いので介護は二人にしよう」「お茶はトロミからゼリーにしよう」などが書かれているが、情報が多すぎる。

病院の方法を在宅でも行いたいという流れがあるが、なかなか難しい。しかし、在宅でやっている方法を病院に持ち込むことはさほど難しくない。情報共有において、在宅でやっていてうまくいく方法があれば、病院にとって大きな変革になる可能性がある。
在宅では、全員で情報を共有することが課題になっている。病院でも同じ事で悩んでいる。
在宅で使う「介護連絡帳」も全介護職が見るのには3日ほどかかっている。どうすればスピーディーに伝わるのか悩んでいる。ミーティングやカンファレンスは時間の問題があって困難。情報共有は永遠のテーマかもしれない。しかし、どのような立場であっても情報共有の悩みを持っていることが分かっただけでもうれしい。との意見がありました。

また症例発表者からは、今回の褥創の発表のためチームでまとめ、チームワークが必要で、情報共有も進んできて良い感じになっている。との意見もありました。
褥創というのは、多職種の関与を必要とする典型的な疾患ですが、病院においても施設においても在宅においても、この褥創ケアを行うことで、情報共有や多職種連携が自然に進んでいく可能性があります。
それを進めていく中で、有効なシステムができていくのでしょう。

さいごに

一人一人に連絡帳を作る、等の方法があるようです。
どれがよいとかではなく、朝のカンファレンス一つとっても、時間がとられてもしっかりとやり抜くことで次のステップが始まるのかもしれません。
今日は、特別講演で「介護連絡帳」が示されましたが、これは患者主体に作られており、また家族を含め介護に関わる全ての人に共通する情報を書いてくことで成り立っています。
このようなものも、今後在宅での利用が進むと思われますが、病院などでもカルテを皆が書くようになってきていることと共通の発想と思われます。
今後カルテの利用法などももっと斬新になって欲しいと思いました。