1.ラップ療法で皮膚カンジダ症を発症した1例
大学病院では原則ラップは行ってはいけないことになっており、使っていないのですが、外の病院では褥創治療が好きでラップ療法は、積極的に利用しているという背景です。
最近日本褥瘡学会は、ラップ療法を初めて認めるとの声明を発し、大学でも使えそうな状況になってきたとのことでした。そういう背景のもとでの経験です。
症例は80歳代男性で、身長170cm、体重59Kgの方で日常生活自立度はC2と寝たきりの方でした。
前立腺癌あるいは胆管癌の脊髄転移により、胸部より下は温痛覚麻痺の状態とのことでした。意識は清明ですが、全く動くことができません。
この方の仙骨部に褥創を発症しましたが、排便回数は1日10行の軟便のため、ガーゼ処置ではそのたびの交換になっていました。アナルプラグといった肛門に蓋をする方法もうまくいかず、フィルムやハイドロコロイドなど粘着性ドレッシング材は貼り付かず無効だったようです。何しろ便汚染がひどく、ガスの排出も多かったようです。
褥創内には壊死があり、ポケット形成もみられ、周囲皮膚は浸軟していました。そのためハイドロコロイドドレッシング材を用いても、1日4~5回の交換となり、創部の治癒環境の整えができないだけではなく、材料費も高価となりました。
そこで、食品用ラップに穴を開けて用いたとのことでした。
ラップ開始4日目に、37℃台の微熱が出るようになるとともに、創周囲皮膚が発赤してきました。かぶれかと思われたようですが、鱗屑が見られたことから検鏡したところ、カンジダの菌糸がみられ真菌感染と判明したようです。
ニゾラールクリームを塗布して皮膚炎は改善したようです。
以上の経験をし、ラップ療法はいろいろトラブルはあるなと感じたとのことでした。また真菌感染は、感染がひどくなるとなかなか駆逐できないのでやっかいであるとのお話しでした。
このような発表の後で、個人的なご意見としていろいろとおもしろい見解を提示されました。
ラップ療法は、1996年鳥谷部先生が褥瘡学会で初めて発表したが、学会ではケチョンケチョンに非難されたようです。しかし、安価であり確かに治ることから臨床の現場では広がっていきました。鳥谷部先生は、ラップ療法の問題点を修正する形で、また受け入れやすいような名称としてOWTという名前をつけ、台所のゴミ袋を利用した、穴開きポリエチレンを用いた褥創治療法を2004年発表して今日に至っているとのことでした。
そこで、おもしろい対照表を提示されました。
つまり、褥創治療においては3つの流れがあるとのことでした。
A:鳥谷部らが中心に行っている、「創傷ケア研究会」で、これはラップ推進派。
B:大浦らが中心の、「日本在宅褥瘡創傷ケア推進協会」で、穴開きフィルム法を提唱している。
C:宮地らが中心の、「日本褥瘡学会」で、ラップ療法はガイドラインなどに一切触れられていない。
これら3つの流れは、ラップ療法以外でも際だった特徴がある。
A:ラップは推進。褥創発症リスク評価は特に言及せず。DESIGNは使わない。
B:ラップは一部容認。リスク評価にはOHスケールを使用。DESIGNには触れていない。
C:ラップは否定であったが、今後認知か。リスクはブレーデンスケール使用。DESIGNでの評価を推進。
このような表を示されると、すばらしい観察力と皆感動しました。
褥瘡学会が変化しそうな背景には、皮膚科出身の理事長への変更があると推察されました。皮膚科の領域では、穴開きポリ袋の使用は流行っており、皮膚科出身の理事長は無視できず褥瘡学会としての見解を示さざるをえなかったとの意見でした。
穴開きポリ袋使用による利点として以下の特徴を挙げられました。
湿潤環境を作る。厚みがないので潰瘍を圧迫しない。摩擦やズレを回避する。オムツ感覚で使える。安い。等とのことでした。
しかし、ラップ療法で失敗もしたとのことで、創の大きさが縮小し喜んでいたが、どうもおかしいので皮下を探ると、ポケットの下に骨が触れ、切開すると骨壊死があって、骨を削り抗生剤も大量に使用するなど、その後の治療が大変だった例があるとのことでした。結局、OWTをする場合は、家族などに創傷用でない材料であることを説明すること。黒色期や感染のある部位には使わない。必ずラップ療法に慣れた医師が行う。全ての褥創によいわけではない。等の点を強調されました。
最近は、OWTも滅菌され創傷用のものがモイスキンパッドという商品として出てきたが、1枚80円くらいと少し高いのが難点とのことでした。
<自由討論の時間>
- ラップは創感染や皮膚浸軟をおこすか?
会場から、粘着性のドレッシング材では、創面は湿潤、皮膚は乾燥が保たれるが、ラップ療法では、密着しないので「創周囲皮膚からの感染がないか」「創周囲皮膚が浸軟しないか」などが懸念されるとの質問が出ました。
それに対し、ラップ派の人たちは、褥創は便に耐えるとの考えがあり、普通の洗浄をしていればよいとされている。周りの皮膚の菌が創内に入るかに関しては、皮膚を石鹸で洗うだけで、創周囲皮膚の菌数が減り創内の菌数も同時に減るとの報告があり、ラップ療法でも創周囲皮膚を洗浄することが大切とされているとのことでした。
創周囲皮膚の浸軟に関しては、ラップをベターと貼ると皮膚は浸軟悪化する。しかし、尿取りパッドを穴開きポリ袋に入れて用いると、キズとの間に隙間ができて周囲皮膚の乾燥が保てるとのことでした。
しかし、実際にカンジダを発症したことから、やはり皮膚は弱くなると考えた方が良いとのことでした。対策は頻回な洗浄との意見でした。
カンジダを発見した後のドレッシング法についての質問がありました。
ラップ療法は直ちに中止となり、ユーパスタとガーゼ処置に戻ったとのことでした。ただ、下痢の原因が、下痢対策に使ったGFOという栄養剤に入っていたオリゴ糖に対する過敏症であったとのことでした。GFOを止めることで、下痢は治まり、ユーパスタとガーゼ処置が行えるようになったとのことでした。 - 創洗浄は生食?微温湯?
褥創の洗浄は、生理的食塩水を使っているが、水道水の方が良いという意見があり、どうなのかとの質問がありました。
酸性水も一時褥創によいとのことで広まったが、実は嘘であることが分かり今は使われていない。水道水は塩素が少し入っていて無菌である。したがって水道水を使ってもよいと考えるとの意見がありました。
他に、水であれ生食であれ、問題は圧をかけて洗うことが重要であり、生食にピンク針を刺して押すと、適度な圧になりこの圧が良いので生食が使いやすいとの意見がありました。したがって、水道水をボトルに入れて、たらたら流しても圧がかからないので良くないとの意見でした。
他には、水道水と生食を比較した論文がかなり出ており、それらは全て外傷に関してだが、結論は両者に差はないとの結果とのことでした。理論的には、細胞が接している細胞外液と同じ浸透圧と電解質濃度になっている生理的食塩水は水道水よりも細胞にやさしいはず。しかし、最近の何かの報告では生食で洗うと痛く、微温湯は痛くないとの発表があった。
実際はどうか分からないが、浸透圧よりも温度が重要かもしれないとのことでした。
つまり、人肌に温めるのが簡単な微温湯に比べ、生食は一般的に室温のものが用いられ、その温度差が痛くなかったり痛かったりするのではないかとの意見でした。
つまり、病院等では生食が勧められるが、在宅では、今は微温湯が蛇口から出せる所がほとんどで、やさしい温度の微温湯がすぐ用意できるので微温湯の方が良いかもしれないとのことでした。 - 創の清拭の強さは?
創面の洗浄時に、創面から出血させるくらいがよいのかとの質問がありました。
洗浄には、圧をかけることよりもやさしくこすりながら汚れを落とすことが重要との意見がありました。
創周囲皮膚はガーゼなどで強くこすって汚れを取った方が良いが、創面はディスポ手袋をつけた指でやさしくこすりながら汚れを取ることが勧められました。その場合、出血させずに汚れが取れれば一番良いとの意見でした。
しかし、他には出血させるくらいこすった方が良く、出血は創面に血液が十分来ている証拠との意見もありました。 - 褥創ケアにDESIGNはつけたくない
褥創ケアをしていて、DESIGNやブレーデンスケールをつけるのがじゃまくさくてイヤ。どうしてもつけた方が良いのかとの質問がありました。
会場では、自分も実はつけないとの意見が大勢を占めました。
DESIGNは学会で発表する時に使うだけで、臨床の現場ではデジカメでこまめに撮っており、それがあれば状態の変化は分かる.との意見があり、皆首をたてに振って納得していました。会場からは、DESIGNをつけないとハイリスク加算が取れないからとの意見がありました。また自己満足のためとの意見もありました。
それに対し、例えばこのラップ療法とフィルム療法のどっちがよいのかという場合、互いに自分の方が良い良いと言っているだけでは誰も本当のことは分からない。そこで、指標が必要で、DESIGNもそのために作られた。しかし、実際は比較ができないことが分かり、比較ができるようにDESIGN-Rが作られた。つまり、臨床用ではなく研究用であるとの意見でした。少なくとも在宅の現場では、DESIGNは大変評判が悪いことが分かりました。 - 下腿潰瘍の黒色壊死の取り扱い
外来に来られた脊髄小脳変性症の方で、下腿外側に黒色痂皮があり、どうしようかと思った。母親は創を乾燥させるという考えの方であったとのことです。
デブリードメントした方が良いのだろうが、止めて、取りあえずゲーベンクリームとガーゼによって痂皮を軟らかくして浮き上がらせながら、少しずつ除去することにしたが、意見を聞きたいとのことでした。
会場からは、足の踵に関しては、糖尿病や血流障害の人では切除すると確実に悪化するので切除しないが原則だとの意見でした。動脈閉塞がなければ除去して良いけれども、それでも時間をかけて浮いてきたものを少しずつ取っていくとのことでした。
同様の意見が出て、アメリカでは動脈閉塞のある足潰瘍の壊死は決して除去してはいけないことがガイドラインになっている。除去するとどんどん創が大きくなり悪化するとの意見でした。また、同様にアメリカの褥創ガイドラインでは踵の痂皮は除去しないとなっているとのことでした。
在宅での黒色痂皮の扱いについては、動脈閉塞の有無にかかわらず、感染していれば切開する。感染がなければ、ゲーベンクリームを用いた閉鎖療法を行い軟らかくしながらゆっくり除去していくとのことでした。感染が危惧される場合は、ユーパスタ軟膏を用いてフィルムあるいはラップで密閉していくとのことでした。
動脈閉塞のある方の足の指が真っ黒になった時の処置についての質問がありました。
乾燥させてミイラ化させるとの意見が出ました。
その他に、乾燥させると痛みが強く、また乾燥部が拡大する、あるいは感染が起こる危険もあるので、ゲーベンクリームあるいはユーパスタによる密閉療法を行うとの意見がありました。ゲーベンクリームを用いると、乾燥壊死したところが軟化し、そこへ健常部から皮膚が境目に入り込み、少しずつ壊死部が浮き上がってやがて脱落するとのことでした。
また、ユーパスタを使った例では、足の趾の腐骨がしだいに浮き上がってきて、排除される。腐骨部分だけ足趾の長さが短くなって治癒するとのことでした。
最後に
今回は、初めて自由な意見交換の時間を十分取ったところ、実はこの会にいろいろ聞きたくて来ていらっしゃる方が多いということが分かりました。必ずしも疑問が解決できるとは限りませんが、いろいろな意見が出てくるため、今後もこのような何でも相談時間を取っていきたいと思います。