1.食べられる口作りを目指して
施設の入居者80名の平均年齢87.5歳で、嚥下困難者は60名、そのうち重度嚥下困難は21名、さらに超重傷者は15名いるとのことでした。
嚥下機能の重要性に気付き、協力病院で開始した「嚥下機能評価パス」を利用することになったそうです。「嚥下機能評価パス」とは、病院で行われるこのプログラムに患者を紹介し、「嚥下内視鏡(VE)」や、言語聴覚士や理学療法士による評価、そして内科での全身チェックと総合評価などが行われ、それに合わせて食形態の変更や口腔ケアや嚥下訓練が行われるプログラムのようです。
しかし、口腔ケアや口腔リハビリの必要性を強調し、いきなりやろうとしても、押しつけではなく「やろう」という意志が必要であったとのことです。
そのきっかけになったのが,茅ヶ崎の黒岩先生に来てもらって2日間の講演をしてもらったことのようです。職員の意識が変わったとのことでした。
また、協力病院から月1回言語聴覚士に来てもらい、継続的な評価を行い、職員もそれに加わったとのことも重要だったようです。
更に歯科の先生にも月1回来てもらい、歯科診察をして口腔ケア、義歯の調整や作成を根気よくやってもらったとのことです。今では週1回来てもらっているとのことでした。
義歯が安定することで、食形態のレベルが上がったとのことです。口腔ケアや口腔リハビリのグッズをそろえて職員もがんばっているようです。
トロミ剤に関しても,使用温度や味がいろいろあり、違うことが分かり、使い分けているようです。
さらに口腔ケアをしても鼻腔ケアがなされていないことを指摘され、鼻の掃除をしてみると、レーズン位の「鼻くそ」が取れたとのことでした。鼻の入り口から1~1.5cm位きれいにすれば十分とのことでした。
PEGからの経腸栄養剤の投与に関しては、高齢者の胃排出能が低下していることから、増粘剤を用いても効果は実感できず、以下のような自然落下による投与に落ち着いているとのことでした。
すなわち、まずOS-1 200mlを10分で注入し、これで胃内をきれいにし、経腸栄養剤 300~400ml を1.5時間で注入し、その後 水30mlでフラッシュして10%の酢10mlを入れておくとのことでした。この方法を行うと、栄養剤の胃内停留や食道への逆流が予防できるとのことでした。
そして「看護」「介護」「栄養」の3つの柱が重要との結論でした。
歯科医師の介入によって、下の義歯の奥歯がすり減り,前歯で食事をかんでいた利用者に対し、上の歯の調整と,下の義歯の作り直しによって快適に食事ができるようになった例が紹介されました。
高齢者では一度義歯を作ると一生ものと考え、合わなくなっても遠慮して言わない例が多いとのことでした。また、義歯が合わなくてもある程度の食事ができることから、家族がなかなか新しい義歯の作成に賛同しない例の多いことも示されました。
アルツハイマー型認知症の方が病院へ入院し全介助になってしまった方で、絶食期間が長く食べることを忘れてしまいPEGで栄養投与となった利用者の例が報告されました。
言語聴覚士の評価に従い、小さなゼリーから少しずつ始め、ミキサーゼリーが2~3コ食べられるようになってきたので、昼食のみ口からの投与を行い、さらに夕食、朝食へと広げていったとのことです。栄養が足りないため、ミキサーゼリー、プロテインゼリーと経腸栄養も併用したようです。このようにして4ヶ月で食事などを元通りの生活に戻すことができたとのことでした。
口腔内環境がいかに大切か、そのために歯科の介入の必要性を強調されていました。
以上の発表に対し、どのようにして黒岩先生に来てもらうことになったのかとの質問がありました。それに対し、2名が黒岩先生の講演を聴き、是非来てほしいとお願いしたとのことでした。又聞きで話してもなかなか理解してもらえなかったが、やはり本人に来てもらい話してもらうことで、職員のモチベーションが格段に高まったとのことでした。
「嚥下機能評価パス」とは何かとの質問に、協力病院で行っている一泊コースの嚥下評価プログラムであるが、この施設では1泊してもらうのは難しいため、半日コースでやってもらっているとのことでした。
このような新しい取り組みが、身近で行われていることに大変感銘を受けました。
2.人工物埋没部に発生した皮膚潰瘍症例
1例目は70歳代男性で、転落事故による、頸椎・胸椎損傷、外傷性解離性胸部大動脈瘤、両側反回神経麻痺などの方です。気管切開と胃瘻がおかれ、胸部大動脈にはステントが入っています。また、胸椎固定術がされています。
左上肢と両下腿に麻痺があり、右上肢も筋力低下しており、全介助でエアーマット使用。
転院してこられた時は、身長159cm、体重45Kgで、1200Kcalの栄養投与されていました。
2年が経過しましたが、体重は39Kgへと低下しました。
背部の手術創痕が離開し、入り口が2cmで皮下に15×7cmのポケットがあり、金属の固定具が露出して見えました。黄色ブドウ球菌が検出されたとのことです。
生理的食塩水での洗浄が行われていましたが、陰圧閉鎖療法に変更し-50mmHgで吸引したとのことです。10日後にはポケットは10×4cmへと縮小したとのことです。吸引チューブでは詰まるので、フォーリーカテーテルに変更したとのことです。1ヶ月後に突然高熱が出現し、膿を大量に排出したとのことです。抗生剤の投与などの治療が行われましたが回復せず、敗血症で4日後に亡くなられたとのことでした。
離床を嫌い寝たきりになって、筋力が減少し栄養状態も悪化して、術創が開いたことが始まりであったとのことでした。
2例目は80歳代女性で、認知症による徘徊が著しく、転倒して右大腿骨頸部骨折し、人工骨頭置換術が行われたとのことです。そのあとリハビリが進まず寝たきり状態になり在宅へ戻られたとのことです。
右の大転子部に褥創を発症し、ADLの低下が著しく、栄養状態も悪化し、るい痩が著明になり入院となりました。
入院時は、身長148cm、体重30Kgであったとのことです。半年で10Kg体重減少したとのことでした。寝たきりで四肢には強い拘縮がみられました。全介助で全粥を半量摂取していたとのことです。
骨突出が著明で、関節は拘縮し、浮腫がありました。右大転子部に4×3.5cmの褥創を認め、カデックス処置がなされました。3ヶ月後右大転子部の褥創は軽快傾向にありましたが、新たに仙骨部と左大転子部に褥創を発症しました
胃瘻を造設し1200Kcalの投与が始まりました。
PEG造設6ヶ月後には、右はさらに改善しましたが、仙骨部は悪化増大してきました。
しかし、PEG後7ヶ月で、右大転子部の褥創は周囲に瘻孔状に広がり、滲出液が多くなり、さらに人工骨頭が露出してきました。
陰圧閉鎖療法を開始しましたが、創部は悪化しました。その後創周囲に肉芽がみられるようになりましたが、依然として膿もみられます。14Frのチューブはすぐに異物で詰まるため、2本のチューブを挿入し、1つが詰まるともう1本を使うようにしているとのことでした。現在もなかなか治らないとのことでした。
この例では、寝たきりで拘縮が強く、創部が強く引っ張られることで悪化したと考えているとのことでした。
体内の人工物が、感染創化と創の難治化の原因であるが、状態が悪く人工物を手術で取り除けないとのことでした。また、栄養状態が悪くなり、やせも難治性を引き起こしているとのことでした。
これらの症例に対し、人工物の部分のみではなく、他に壊死物質がポケット内部にあるはずで、創を思い切って切開してオープンし、十分洗浄しつつ壊死組織を除去することを第1に行うことが勧められました。
また、密閉吸引を行うときには、創面をオープンし、チューブ先端に向かって全ての創面からの滲出液がゆっくり流れるようにデザインすることが勧められました。しかも密閉吸引をする時は壊死組織のないことが重要で感染がコントロールされることが前提であることが示されました。
大腿骨頚部骨性では、高齢者、認知症のある方などでは、術後寝たきりになることが予想され、手術で人工骨頭を入れる意味がないのではとの意見が出ました。
また、認知症で徘徊のある方に人工骨頭を入れてリハビリで歩けるようになったら、また徘徊が始まるのではとの疑問も出されました。
リハビリに関しては、認知症のある方にとってリハビリは拷問を意味し、リハビリを前提とした手術療法は選択しない方が良いのではとの意見も出ました。
まとめ
本日の症例検討では、摂食嚥下の重要性が強調され、言語聴覚士や歯科医師の介入の重要性が示され、また栄養が低下し、るい痩してくると、古い傷が開き感染創を作る怖さも示されました。
創治癒には栄養が重要ですが、栄養改善を早期から行うことで、褥創や難治創発症を予防できることも示唆されました。
栄養改善にはいろいろなアプローチがあるようですが、皆相互に関連があり総合的な対応がいよいよ求められるようになってきているのではないでしょうか。