第35回 創傷治癒の始まり:炎症期の意味と消毒の有害性

2008年5月1日

 在宅での褥創治療を依頼された場合どうしているのかについて解説いたします。褥創に限らず、在宅での医療を行う上では他の疾患であっても似たようなことではないかと思います。

局所のアセスメント

 まずは対象の創傷が本当に褥創であるのかを検討します。褥創であれば体表に現れた創傷の程度よりも、見えない部分、より深い部分の組織損傷が大きいことから、褥創であるか否かが重要になります。
 創傷部に骨突出がみられ、しかも長時間圧がかかるような場所であれば、褥創と考えてよいと思います。しかし、骨突出の無い部位であったら褥創以外の可能性があります。
 次に褥創の局所アセスメントとしては、まずは「ステージ分類(深さの分類)」を行います。そして緊急性や重篤度に関係する「感染の有無」「壊死組織の有無と性状」について判断します。
 ステージ分類とは、褥創をみた時に組織欠損の程度を肉眼的に判断する方法です。皮膚に皮内出血や圧迫によっても消えない発赤がみられた場合を「ステージ1」と呼びます。このような場所に摩擦力が働き表皮が剥離して真皮層が露出した状態や、あるいは水疱ができた場合は「ステージ2」と呼びます。ここまでの組織欠損であれば、適切に治療すれば1ヶ月以内に治る可能性があります。
 しかし、「ステージ3」になると治るのに4~5ヶ月以上かかります。「ステージ3」は組織欠損が皮下組織まで及んだものをいいますが、治療によってこの深さまで回復したものも含みます。「ステージ4」は組織欠損が筋膜を超え、筋肉や骨まで至ったものを呼びます。
 褥創の局所アセスメントでは「ステージ1・2」なのか、「ステージ3・4」なのかが大変重要です。
 両者間の治癒のメカニズムの違いについては、以前「表皮化のおこり方と創の収縮」で書きましたが、また機会があれば別の視点から解説したいと思います。
 「感染の有無」については、創面から膿が出て悪臭がしていれば誰がみても感染していると診断できますが、そうなる前に感染の有無を診断できることが大切です。感染が起こってくると、私たちの体は細菌の増殖に対して炎症反応によって抵抗します。したがって強い炎症反応が創面にみられた場合、感染と診断することができます。
 実際の診断には、創面あるいは創周囲皮膚の変化が重要で、皮膚が赤くなって腫れ上がった状態を「発赤」と「腫脹」と呼びます。また、こうなると触ると熱く、また強い炎症による痛みを伴います。これらを「熱感」と「疼痛」と呼びます。すなわち創部に「発赤」「腫脹」「熱感」「疼痛」がみられた場合に創感染と診断します。これらの4徴候のことを私は「化膿の4徴」と呼んでいます。「発赤」だけがみられた場合は創感染を疑いますが確定診断はできません。しかし「発赤」に加え「腫脹」などもう一つの徴候がみられれば感染と診断できます。
 「壊死組織の有無と性状」に関しては、壊死組織が黒いか白いか、また創面に占める壊死組織の割合をみます。黒色の硬い壊死組織は褥創発症早期にみられ、表皮や真皮層が死んで乾燥化したものです。
 黒色壊死組織の周囲に「化膿の4徴」がみられる場合は、直ちに壊死組織を切開して壊死組織の下にある感染巣を開放化する必要があります。切開すると膿が流出します。「化膿の4徴」がみられない場合は、緊急に切開する必要はありませんが、なるべく早く壊死組織を除去した方が感染の危険性が減ります。除去法については以前書きましたが、密閉して外部からの汚染を防ぎながら自己融解に持っていく方法が勧められます。
 滲出液の多い創面を被う白色~黄色壊死組織は皮下組織(皮下脂肪、筋肉、筋膜、腱など)の死んだものが主体です。これらは適宜ハサミで切除していきます。急ぐ必要はありませんが、医師が創処置するたびにこまめに切り取っていくことが勧められます。

褥創発症原因の推定

 褥創発症には持続的な圧迫が関与しているのですが、その他にズレや摩擦といった要因も忘れてはなりません。具体的には、ベッドのギャッチアップやギャッチダウンの後で腰背部や踵部にズレが残ります。そのままでは皮下組織が障害を受けるため「背抜き」や「踵や手の持ち上げ」といった行為が必要です。また体の下に敷いたバスタオルや寝具のシワなども局所的な圧迫となって褥創発症につながることがあります。良かれと思って行う体位変換時に使うクッション挿入時、皮下に強いズレを生じることもあります。
 これらのことは創部の状態と、実際に寝ていらっしゃる場面から原因を推察することが必要です。推察した原因に対する対策を行わない限り、どのような局所療法を行っても良い結果は期待できません。
 他に原因として、栄養障害や食事のバランス、特に蛋白質摂取不良なども関係することがあります。

全身のアセスメント

 局所療法を行うに当たっては、全身状態を知る必要があります。まずは患者の意識状態をみます。もうろうとしていたり、傾眠状態であったりした場合には、かなり前からなのか最近なのかによって状況が異なります。最近意識状態が悪化しているようであれば、より重篤な全身状態であることが示唆され、褥創の治療もさることながら全身状態の改善をするのかどうかを決めなければなりません。
 発熱がみられれば、多くの場合肺炎を発症していることがあります。聴診器によって呼吸音を聴取し、肺雑音や左右呼吸音に違いがあれば肺炎が強く疑われます。また脱水が著しい場合も、せん妄状態になります。血圧を測定し脈拍数や不整脈の有無をみますが、舌の乾燥化や指の爪を押して赤色の戻りが遅いなども簡単な脱水診断法です。
 いずれの場合も、末梢からソリタT3など維持液の輸液(500ml/日)が必要です。また肺炎に対しては抗生剤の静脈投与を行います。
 栄養状態の把握(食事摂取量の計算)もできれば行いますが、管理栄養士がいれば容易ですが医師や看護師には難しい面があります。結果はその場では分からないのですが、輸液を行う前にアルブミン値やCRP値を含めた一般採血を忘れないで行います。
 口腔内の状況もみるようにし、口腔内食物の遺残や歯の状態など摂食嚥下能力を判定します。そして、とろみ食やペースト食(ソフト食)等への変更が必要になるかを判定します。
 嚥下評価には「反復嚥下テスト」が有用で、から飲み込みを30秒間に3回以上できれば問題なしです。
 また拘縮の有無や体動・移動能力もみます。ほとんど寝たきりになっているようであれば高機能なエアーマットレスの導入が必要になります。
 介護力と介護意欲の判定も行い、介護力が不足しているようであれば局所療法や介護法について手間のかかるやり方は避け、効果は低くてもより簡便な方法から選択しなければなりません。また治療の目標設定も違ってきます。

治療の開始

 患者家族と話し合い、治療目標を設定し、家族ができる範囲を見極めたのち、具体的な治療を開始します。局所療法を選択し実際にやってもらう家族にやり方を説明します。また体圧分散寝具の手配はケアマネジャーを通じて早急に行います。ベッド上の体位であるポジショニングについて、実際に枕を工夫してどのようにするのかを家族とともにやってみます。一般的に、家族はポジショニングに興味を示し積極的に関わってくれます。時が経過するに従って、多くの場合家族によるポジショニングは最も効果的になってきます。
 栄養改善策を提示し、できる範囲で開始します。この場合管理栄養士からのアドバイスは大変有効なものになります。管理栄養士については病院へ家族が訪れてアドバイスをもらう方法でも良いと思います。あるいは市役所所属の管理栄養士を利用することもできるようです。
 褥創治療においては入浴が大変重要で、デイサービスやデイケアでの入浴、あるいは訪問入浴をケアマネジャーに予定してもらいます。もちろん家族と御本人の賛同が必要です。しかし、褥創などの創傷がある場合は、ケアマネジャーの判断での入浴サービスは導入しにくいため、医師からの入浴指示が是非とも必要です。

在宅での連携

 医師が往診し在宅で褥創治療が開始される場合、上記のようにさまざまなサービスが行われることになります。これらのサービスを提供するときには、それぞれが関連をもって行われることが大切です。特に局所療法と体圧分散、ポジショニングと栄養療法などは、ちょくちょく方法が変わります。この場合速やかに各サービス提供者へ情報が伝わり、一斉に変更が行われなければなりません。このような連携がスムースにいくために、情報の集約と伝達はケアマネジャーが行うことが大切です。また、実際の行為は訪問看護師がほとんどに関わることから、医師は看護師や訪問看護師へ情報提供し、これら看護師からケアマネジャーへ分かりやすく伝えてもらうと効果的です。
 在宅褥創治療は、何と言っても家族が中心です。全ての治療やその変更に関しては家族に何回も説明して納得してやってもらうことが大切です。そのために、特に在宅訪問開始当初はなるべく頻回な連絡が必要です。大体1日2回程度の連絡を行っています。連絡は医師では一方通行になりやすく、看護師や管理栄養士から家族への連絡が適切なようです。看護師などからの連絡に対しては、家族は遠慮なく質問し、また悩みも相談しています。

在宅での褥創治療をやってみて

 在宅は病院などと違い、生活の場での医療や介護であるため、主体である家族の意向によって選択されます。したがって医療者が考えるマニュアル化にはなじます、一例ごとの個別対応が基本になります。ともすれば医療者の意向で事を進めがちですが、在宅(居宅)では全く違った手法になるのだろうと思います。
 繰り返しになりますが、病院内での褥創治療では考えもしなかったいろいろな驚きが在宅褥創治療にはありました。何と言っても、医療者が良いと思った行為を押し付けても、在宅の主役は家族であり、家族が納得できないことは病院でもある程度はそうでしょうが、在宅では全く機能しません。
 また、訪問看護師の役割は大変大きく、訪問看護師からの情報が重要でした。最近は医療職以外のケアマネジャーが増えてきましたが、このようなケアマネジャーとの連携にも看護師が間に入ることで大変スムースに行くようです。
 いろいろな疾患を今後在宅で診ていくようになると思います。褥創治療における連携を書いてみましたが、他の疾患にも共通な点があるのではないかと思いました。