第34回 食のユニバーサルデザイン=楽食で栄養改善

2008年3月1日

 高齢者や障害を持つ方でも使いやすい住居などは、バリアフリー住宅と言われています。排泄におけるバリアフリー化も進みつつあります。そして道具においても、障害のある方が使いやすくすると、皆が同じように使いやすくなる方法として、ユニバーサルデザインという考え方が普及してきました。
 これらは高齢者や障害のある方の自立支援の考え方から出てきました。
 そして今、食に関してもこのユニバーサルデザインという考え方があることに感動を覚えています。今回は、この食のユニバーサルデザイン=楽食について御紹介いたします。

歯や嚥下能力の低下と食の楽しさ

 65歳以上になると入れ歯になっている方の比率が大変高くなります。入れ歯が合わない、歯肉だけで食べているという方も同様に多くなり、噛まずに飲み込める軟らかいものだけを食べる傾向になります。家族で食卓を囲んでも、食べられるものに限りがあり、自分だけ別メニューとなり、食事も楽しくなくなってきます。
 食物を噛まないで丸のみしていると、舌・頬の筋肉やあごを動かす筋肉が廃用萎縮し、嚥下能力そのものが低下します。その結果誤嚥しやすくなり、誤嚥性肺炎の危険性が高くなります。咀嚼については最近もっと見直されるようになり、咀嚼によって脳血流量が増加し認知症予防効果もあることがわかってきました。
 入れ歯を作り直し噛めるようにすればよいのですが、高齢者の方をみていると入れ歯を作り直してもうまくいく方はかなり少ない印象です。このような方でも、口を動かし食事を楽しんでもらう方法はないのでしょうか。
 実はその方法が楽食の考え方なのです。

食のユニバーサルデザイン=楽食の考え方

 楽食は、もともとは「義歯食」として、入れ歯が合わない方や歯肉で食べている方でも、家族と同じものを美味しく食べる調理法として考えられました。ただし、食材を一気にペースト食やソフト食といったどろどろの食事にしたのでは、丸のみになるだけで嚥下能力は減退します。そこで、咀嚼能力ぎりぎりを使って食べられる程度とし、食材の形や味を保つように調理する方法です。
 具体的には、例えば「ごま和え」の場合、ごまなどの小さな粒は入れ歯と歯肉の間に入ると激痛を起こし、二度と食べなくなってしまいます。食の喜びの一つのメニューが無くなってしまいます。そこで、練りごまを使ってごま和えを作ります。ほうれん草は茎の部分が硬いので、葉先だけを摘んでたっぷりの湯で軟らかくゆで、2cmの長さに切るそうです。これで入れ歯の方でも歯肉だけの方でも、美味しくごま和えを楽しむことができるようです。
 同様に、「イカの刺し身」も食の楽しみの一つです。しかし、入れ歯で最も噛みきりにくい食材の一つでもあります。そこでイカはイカでも軟らかい「あかイカ」であれば、入れ歯でもかみ切りやすい素材とのことです。何もせずそのままでも食べられるそうですが、片面に隠し包丁を入れればもっと噛みやすくなります。隠し包丁を入れるかどうかは、咀嚼能力によって決めるようで、噛める場合はむしろ隠し包丁を入れてはいけないようです。
 「たこの酢の物」では、細かく包丁目を入れ、熱した日本酒にさっとくぐらせてから酢と合わせると、生臭さが抜け軟らかくなって噛めるようになるとのことです。
 「たくあんやキュウリ」などの漬物も食べてもらえるようです。まずは片面を鹿の子切り(縦横にサイの目状に切る)することで結構食べられるようになるとのことです。両面を鹿の子切りすればさらに食べやすくなるとのことです。 高齢者は漬物が大好きでも、噛めないためにあきらめている場合があるようです。この方法を用いれば食の楽しみが増えてきます。
 野沢菜漬けでも、太い葉脈は包丁でそぎ、細い葉脈は包丁の刃先でたたいて切り目を入れ、そのようにした野沢菜漬けの葉を2枚重ねて端から巻き、一口大に切り、切り口に十文字の切り目を縦に入れると噛めるようになるとのことでした。
 料理教室のようになってしまいましたが、このように調理することで、多少手間がかかりはするものの、家族皆が同じ食材を囲んで食べることができるようになり、高齢者などが惨めな思いをせず食事を楽しめるようになるとのことでした。
 何といっても「家族で食事」の典型である「鍋物」でもこの楽食の考え方を応用できるとのことでした。鍋では同じ食材を使い、鹿の子切り等の隠し包丁を入れた食材と、入れない食材を並べ、咀嚼に問題の無い方は隠し包丁の無いものを食べ、入れ歯などの高齢者は隠し包丁をいれたものを摂るようにし、同じお鍋を囲んで食事を楽しむことができるとのことでした。 つまり楽食とは、口にハンディがあっても体にハンディがあっても、見た目が同じ料理を、家族と一緒に美味しく・楽しく摂るための方法で、食感を残しながらも誰もが食べやすい食事です。

楽食は町を活性化させる

 このような考え方で、茨城県笠間市のフランスレストランの一つでは、咀嚼能力を事前に知らせると、普通に噛める人や入れ歯や歯肉で食べる人などが同席していても、同じメニューで食事を出してくれるとのことでした。歯肉しかなくてもフレンチのフルコースを他の人と一緒に外食できるのです。
 老人ホームでも楽食の考え方を取り入れたメニューを出しているところもあるようです。
 ところが楽食は食事だけの話ではないようです。もともとは、寝ている人を座らせよう。座っている人を街に連れ出そう。街に連れ出して楽しんでもらおう。等々の発想から出たもののようです。
 誰もが普通に暮らせるためには、朝起きてから夜寝るまでの生活の中にバリアーを作らない環境が必要です。その最も基本となる食事と排泄の心配がなければ、一日を街で過ごすことが可能になります。誰でも安心して買い物や施設を利用できる住環境があれば、つまり食事と街がユニバーサルデザインになっていれば、「誰でもいつでも、芸術に出会える、森林浴が楽しめる、食事ができる、ショッピングができる」環境となり、生活を楽しみながら寝たきりの予防が自然に行えるようになります。
 ところが、街に出てみると車椅子で行けるところはほとんど無く、家を出たらすぐに障壁があることに気がついたようです。歩道が傾いており、段差があり、階段ばかりが多い。それは車椅子だけの話ではなく、ベビーカーを押して街へ出ようとしても同じ事だったようです。その結果、笠間市では街をユニバーサルデザイン化する運動も同時に行われています。
 食事に戻りますが、手が不自由だったり、片麻痺で片手しか使えない場合には、食材のみではなく食べるための食器も重要だとわかったそうです。
 食器のユニバーサルデザインが始まりました。笠間市では昔から笠間焼があったとのことで、地元の陶芸家とともに食べやすい食器具の開発が行われています。また大学とも連携し、個々人の手の形などに合わせたマイスプーンやマイコップなどの作成もされています。
 全国からインターネットでの注文にも応じ、地域に根ざした産業も発掘しているようです。
 これらの運動は「人に優しい・健康な街」をスローガンとして「楽食の会」という地域組織となって根付いています。

私たちの街を振り返る

 ここ高岡市では、街を歩くとすぐに段差や階段が待っています。以前と比べるとかなり改善はみられるものの、車椅子の方が安心して出歩けるような環境ではないようです。車椅子どころか押し車を押して出歩こうとしても、すぐに困難が待ちかまえています。
 運動習慣を唱え、生活習慣病対策を訴えても、はたして体力の衰えた方が街へ出る環境になっているでしょうか。また、外食をするにしても嚥下能力を考えた食事の提供という考え方は見当たりません。
 これでは、体力が衰え始めたり歯が無くなったりした場合、食の楽しみが減り外出もしなくなります。その結果、体力がさらに衰えて、どんどん寝たきりの方向へと向かうことになります。
 今後高齢化が進む現状を考えると、食と排泄のユニバーサルデザインを含め、街のユニバーサルデザイン化を考えなければいけないと思ったしだいです。