傷はその深さによって治り方が違います。以前解説しましたが、傷が治るときの必要条件である表皮化のおこり方が違うのです。今回はその表皮化の違いを復習するとともに、深い褥創が治った後では表皮剥離程度の浅い傷でも難治性の傷になることの説明をしたいと思います。
分裂する表皮細胞の存在部位
傷はその創面を表皮に覆われることで治癒に至ります。最後の仕上げである表皮化は表皮細胞の分裂遊走によっておこります。では表皮化はどこでおこるのでしょうか。
表皮化をおこす細胞は表皮細胞ですが、表皮細胞は極めて限局した部位でしか増殖しません。分裂する表皮細胞が存在する部位は、まずは表皮と真皮の境目の基底層に並ぶ一層の細胞集団です。この細胞は、基底細胞あるいは表皮細胞と呼ばれます。この細胞は分裂を繰り返し、分裂の終わった細胞は絶えず下から体表へと持ち上げられていきます。表皮細胞は体表へ近づくとともに核が失われ細胞質内にはケラチン(角質)が増えてきます。最後にはケラチンのみとなり、これが表皮の最外層である角質層を形成します。
さて分裂する表皮細胞は、基底層の他には毛嚢壁や汗腺や皮脂腺壁にも一層に並んでいます。毛嚢や汗腺は真皮層の最深部まで延びています。以上を合わせて考えると、分裂する表皮細胞は表皮と真皮の境には面状に広がり、真皮内では垂直線状に真皮全層に分布しています。
ここで創傷を考えます。「表皮剥離創」「真皮までの欠損創」「真皮が全て損傷し皮下組織が露出した創傷」の3つのタイプが考えられます。
創の深さ別の表皮化メカニズム
「表皮剥離創」では、創傷全面に表皮細胞が露出しています。したがって、創面の細胞が活動できる環境、つまり湿潤環境に保てば創全面で表皮化が進行し、1週間もしないうちに薄い表皮で覆われます。そして2~3週間で表皮は重層化し強固になります。
「真皮までの欠損創」でも、創面には表皮細胞が点状に露出します。同様に湿潤環境に保つことで点状に散布した表皮細胞は分裂し横方向へ遊走して、創面は表皮細胞で被われた後、重層化していきます。毛のあるところでは主に毛嚢壁が表皮細胞の供給源となり、手のひらなどの毛の無いところでは汗腺壁が表皮細胞を供給します。
「皮下組織が露出した創傷」では、表皮細胞は創辺縁にしか存在しません。したがってまずは創面が肉芽組織で被われることが必要です。肉芽組織で被われることで肉芽組織中の筋線維芽細胞は創中央に向かって規則的に配列し、お互いの平滑筋を収縮させることで創の収縮が起こります。このようにして創面積が縮小するとともに、肉芽組織中のコラーゲンを足場に表皮細胞が分裂遊走してきます。つまり創の収縮と創辺縁部からの表皮化が同時に起こって創面はやがて表皮に被われます。表皮化に要する期間は創の大きさに依存します。皮下に及ぶ大きな創面では表皮化には長期間を要します。
ふり返って表皮剥離創や真皮までの欠損創では、表皮化は創全面でおこるため、表皮化に要する期間には創の大きさは関係なく同じ期間で終わります。
創の深さによる治癒後の違い
真皮層までの傷では、皮膚付属器である毛嚢・皮脂腺・汗腺等全てが再生されます。したがって治癒後にはもちろん毛嚢や汗腺がみられます。ところが皮下組織が露出した創傷では表皮化は表皮細胞の分裂遊走のみでおこるため、毛嚢や汗腺の再生はありません。これは後にもう一度損傷を受けたときに創治癒に大変重大な影響を起します。このように真皮までの損傷ではきれいに元通りに治ることより、これを創傷治癒では特別と考え、「部分創損傷」あるいは「中間層損傷」と呼びます。対して皮下組織が露出した創傷は「全層損傷」と言います。全層損傷では元通りの皮膚にはならず、これを瘢痕治癒と呼びます。
全層損傷での表皮剥離
褥創ではその発症メカニズムから全層損傷となる場合がほとんどです。全層損傷の傷が治った後には毛嚢や汗腺・皮脂腺がみられません。褥創の好発部位は仙骨部です。この部位にはずれや摩擦が大変かかりやすく、これによって表皮剥離がよくみられます。
さて、全層損傷の治癒した部位にちょっとした表皮剥離がおこったらどうなるでしょうか。大変浅い傷で本来なら中間層損傷で全面で表皮化が起こるはずです。でもこの部位には毛嚢や汗腺はありません。
表皮剥離創では、本来創全面に基底層の細胞、つまり分裂可能な表皮細胞が露出しているはずです。しかし残念ながら、瘢痕組織(全層損傷の治癒後にみられる硬い組織)の表面を覆う表皮は平坦化し結合力も弱いため表皮剥離によってほとんど全て除去されてしまいます。瘢痕組織の新生真皮類似組織には毛嚢や汗腺が無いため、中間層損傷でみられるはずの点状の表皮細胞はありません。つまり全層損傷治癒後で瘢痕治癒した部位に発生した表皮剥離創は、見た目は浅くても全層損傷と同じなのです。
分裂する表皮細胞は創辺縁部のみに存在するため、表皮化には長期間を要します。また、瘢痕組織は収縮しないため創の収縮は期待できません。
失望しなくて良い点としては創面にすでにコラーゲンが形成されているため表皮細胞の遊走は創面の治癒環境(湿潤環境)を整えておけば、速やかに創周囲より順次おこります。
褥創治癒後の注意点
以上の点を考えると、褥創治癒後においても、治癒させるためのケアに注いだ情熱と同様に、再発させないための情熱を継続する必要があります。つまり、汗腺・皮脂腺の無い瘢痕組織に対し、乾燥化を避けるため保湿剤軟膏を継続的に使用します。しかし、どうしても摩擦が避けられない場合には、予防的にフィルム材を継続使用していきます。もちろん摩擦やズレには細心の注意をはらって回避を心がけます。軽度の発赤や小さな表皮剥離を発見した場合には、直ちにフィルム材の貼付や薄いタイプのハイドロコロイドドレッシング材などを貼付することが大切でしょう。
おわりに
もとより褥創を治すことはそれほど容易でははありませんが、褥創が治った後も普通の皮膚ではないことを認識し、褥創再発予防策をしっかりと立て実行していきます。しかし、褥創治癒部位におこった表皮剥離程度の組織損傷であっても表皮化するためには深い褥創と同じ経過をたどり、短期間で治すことができない点を理解しておきましょう。