病院での入院期間短縮は今後さらに進んでいくようです。褥創のように治療に長期間を要する方を在宅で治療しなければならない例は今後増加が考えられます。
では病院でやっていることが在宅でもできるのでしょうか。今回は在宅褥創の問題、ひいては在宅医療について考えてみたいと思います。
病院と在宅での褥創ケアの違い
病院入院中は医師・看護師・管理栄養士・理学療法士等あらゆる職種のものが患者のまわりにいます。病院での課題は、それらの職種間で連携を取り、それぞれの職種がその専門性を発揮することにあり、その結果良好なケアを行うことが可能になります。
これが病院における褥創治療であり、その目的のために褥創対策チームが作られています。
ところが在宅では、患者のまわりには家族しかいません。専門的な医療介入のためには、まず医師が往診し、看護ケアが必要と認めた場合、訪問看護指示書を発行します。指示書発行があって始めて、訪問看護師は在宅に伺うことが可能になります。
同様に褥創ケアにとって大変重要な栄養改善の専門家である管理栄養士の派遣には、食事せん(指示書)が必要です。理学療法士の訪問にも医師が指示をする必要があります。口腔ケアには歯科医の往診が行われます。また歯科衛生士は主に歯科医院からの派遣で在宅に向います。摂食嚥下の専門家である言語聴覚士の派遣にも指示が必要です。
このように医師や歯科医師の指示によって、例えバラバラであったとしても各専門家が在宅に伺うことが可能になります。このような気の遠くなるような手続きが行われて始めて、病院で課題になっている「連携をどのようにするか」等を考えられる状態になるのです。つまり病院での褥創対策のスタートと考えられるのは「連携」ですが、在宅ではそのはるか手前の段階でストップしてしまうのです。
このような中、訪問看護師は本来の看護業務の専門性を十分に発揮する余裕はなく、栄養士・理学療法士・歯科衛生士、その他の職種の知識や技術を薄く広く用いて対応しているのが現状です。
看護師という専門家が在宅へ来ても、専門領域である患者の全身・局所の状態のアセスメント、アセスメントに基づく医師への報告と対応、あるいは全身の安楽のための専門的ケア、などに割く時間は限られてしまいます。
このような訪問看護師の対応を利用者からみると、一般的なヘルパーレベルのケアとの差異が分からなくなり、費用のかかる訪問看護よりもヘルパーによるケアを多く望むようになります。そして看護師からの貴重な情報は医師に届かず、在宅医療の質の低下につながっています。特に富山県では訪問看護ステーションの数は全国的にも圧倒的に少ない状況が続いています。
褥創発症時の対応
褥創は持続的な圧迫によって体表だけではなく、皮下脂肪組織や筋肉組織など深部の組織が障害されています。皮膚に肉眼的に確認できる反応が出たときには既に深部ではより強い組織壊死が進行していると考えられ、できるだけ早く体圧分散や局所ケア、栄養改善をする必要があり、対応のスピード性が要求されます。
病院では看護師がこのような早期の状態を発見し、直ちに看護介入を開始しています。この点でも、在宅では発見者が家族あるいはヘルパーであり、いずれも褥創に関する一般的な教育は受けておらず発症早期に皮膚に現れる徴候を褥創と認識することは難しく、したがって早期の適切な対応は望めません。
極めて稀に早期の褥創を疑われた場合でも、まずは医師による往診が必要で、そのうえで訪問看護師やケアマネへの指示が出され、在宅ケアが開始されます。このように在宅で早期に褥創を発見し対応することは現状の制度では不可能に近いと思います。
以上のように、褥創発症時に大切な素早い対策ができないまま、数日から1週間ほど経過すると、黒色の痂皮に覆われた感染した褥創へと進行し、また全身的にも肺炎などの危険な状態となり、救急車で入院となるようです。
このような現状を考えてもらえば、訪問看護師が在宅で褥創発症をみることはなく、病院看護師は「最近では褥創は在宅からの持ち込みばかりです」と発言し、訪問看護師は「在宅では褥創を発症することは稀で、病院からの持ち帰りです」と発言する理由が理解できます。
医師の褥創往診について
在宅での褥創ケアには医師の往診が必要ですが、往診する医師は近年特に減っているようです。これは厚生労働省の望むことではないようですが、なぜそうなってしまうのでしょうか。
従来からクリニックを開業して期間が経ってくると、長く通院していた方が寝たきりになり、医師も高齢になってしだいに診る患者数を減らし暇になってくることから、必然的に寝たきりになった方をゆっくりと往診するようになります。このように全ての医師はしだいに往診をするようになり、このことで在宅往診(医療)は昔から細々と行われバランスが取れていたのではないでしょうか。
ところが往診をすると、日中であればその時間に来院された患者を診られなくなり、患者は医師が帰ってくるのを待たなければならず苦言を呈します。近年特に生活がスピードアップしており、往診の帰りをゆっくり待ってくれる患者は少なくなりました。
夜間の往診に備えるためには、飲酒を避けプライベイトな外出も極力控えることになります。しかも、このようなハンディのもとに往診をしても、収入はほとんど増えず、むしろ減るのが現状です。往診は医師のボランティア精神によって維持されているのではないでしょうか。
かつてはゆったりと往診をしていても、日常の診療である程度の収入が維持されていたように見受けられます。しかし、ここ10年あまりの急速な医療費抑制と医療監視態勢の強化が進み、記載する書類の著しい増加と収入の減少をもたらしています。そして日常診療では時間と収入に余裕はなくなり、設備投資もできない状態に陥っています。
このような状況で、赤字部門である往診をする医師は少なくなるのは必至と考えられます。また、住居とクリニックを別々にする傾向が強く、初めから往診を考えない開業形態も一般化しています。
患者負担も限界になっている
この度、在宅褥創の方について過去の例を検討してみました。もちろん褥創になる方は在宅で寝たきりの方が多いのが現状です。でも褥創の治療は全てが往診でみるわけではなく、家族が連れてこられて外来で診る例もかなりあります。
通院された褥創患者について最初の5年間でみてみますと、寝たきりに分類される日常生活自立度がBランクとCランクに属する方で通院治療されたのは27.6%でした。この中には一日中ベッド上で過ごされるCランクの方はいらっしゃいませんでした。
ところが最近の3年間で調べると驚くべき結果になっていました。つまり日常生活自立度がBランクとCランクの方で通院治療されたのが51.6%へと増えただけではなく、1/3以上の方がCランクでした。
褥創の往診では「在宅寝たきり患者処置指導管理料」や「在宅患者訪問診療料」「居宅療養管理指導料」などを請求されるため、患者負担は1割負担でも1回2千円前後になってしまいます。これに処置に使った材料費が加わると結構な額になります。家族が褥創患者を抱えた場合、家族の一人がつきっきりになることが多く、収入が減っています。その上に、医療・介護費の患者負担額は年々増えてきました。介護を担当する家族は少しでも負担を減らすため、寝たきり患者を連れての来院が増える結果となったようです。
褥創患者の往診がもっと広く行われるためには、褥創往診にかかる請求額の増加が必要かもしれませんが、それより医療費全体を他の先進国レベルまでひき上げ、もっと余裕をもって通常診療が行える状況が必要です。それとともに患者負担をもっと減らすことも必要でしょう。在宅医療は家族にかかる負担がただでさえ大きいのに、加えて医療費の支払いが多すぎるように思われます。これでは在宅患者を抱えると、それまでかなり余裕のあった家庭でも家計は火の車になってしまいます。医療・介護・福祉はいざとなったときでも安心であることが国民皆保険の理念だったように思います。これらに安心できない社会は大変危険な状態ではないでしょうか。
さいごに
以上のように、在宅では病院などの手法をそのまま使うことはできません。しかるに現状の制度は在宅でみられるさまざまな緊急事態対応に関しては想定が足りず、医師や患者の負担ばかりが増えるという結果をまねいています。
これはこと在宅褥創に限ったことではなく、在宅医療全般に言えることかもしれません。在宅褥創だけではなく在宅医療が危機に瀕しているのではないでしょうか。
医療者による献身的な努力によって維持されている在宅医療は大変な局面に至っているように見受けられ、小手先の改革ではなくもっと広い視野に立って、より有効で現実的な制度への見直しが必要な時期に来ているように感じられます。