消化器や尿路系の病気のため手術によって腹部に作られた便や尿の出口を、ストーマと呼びます。このうち便の出口のことは人工肛門とも呼ばれますが、人工物で肛門を作ったわけではないので、排泄口の意味のストーマと呼ぶのが適切です。
このストーマを管理する方法であるストーマケアの進歩が創傷治療に革命を起こしたことについて紹介いたします。
ストーマ周囲皮膚潰瘍は難治創であった
1950年代には、大腸や小腸の病気治療のためのストーマ造設は安全に行えるようになりました。大腸のストーマでは固形の便が出るため、臭いの問題はあるのですが何とか管理できていました。しかし小腸のストーマでは絶えず水様便が流出し、ストーマ周囲に皮膚障害が必発でした。これは、小腸液(便)には活性化した消化酵素が大量に含まれており、皮膚に付着すると皮膚が消化され、びらんから潰瘍化に至るためです。このようにして発症したストーマ周囲の皮膚潰瘍は極めて難治性でした。
当時皮膚潰瘍の治療は軟膏をつけ、ガーゼを用いて乾燥させて痂皮を作って治すことが常識だったのですが、絶えず便が付着してすぐに汚染され、また乾燥させることもできませんでした。
ストーマ装具の発明
1950年代と1960年代には、ストーマ装具の発明と改良がされました。まずストーマから排出する便を漏れずに受け止めるため、プラスチックバックを皮膚にくっつける接着剤が探されました。
このとき、入れ歯固定に使われていたカラヤガムが注目されました。カラヤガムによって皮膚にプラスチックバックを接着することで、水様便であっても1日くらいは漏れずに皮膚を保護しつつ管理できるようになりました。これはさっそく商品化されました。
カラヤガムでは接着が弱いため1日くらいしか持たず、もっと強い接着力のあるものが探されました。そして1964年には、やはり歯科で用いられていたオラヘーシブという人工の保護剤をストーマ装具の接着剤として用いられ、翌年には商品化されました。これは日本ではバリケアと呼ばれています。
これらは皮膚保護材と総称され、その後各社は新製品を世に出してきました。このようにカラヤガムやバリケア等によって小腸ストーマのような水様便の排泄があっても、ストーマ周囲皮膚はびらんや潰瘍にならずに快適に管理できるようになったのです。
皮膚保護材による意外な効果
便の付着を避け、皮膚障害の少ない接着剤の発見が目的でしたが、実際のストーマケアに用いてみると意外な効果のあることが直ちに気付かれました。つまり、ストーマ周囲のびらんはおろか、あの難治性であった皮膚潰瘍までが2~3週間もしないうちに治ってしまったのです。しかもこれは、今までの常識であった「創面を開放し乾燥させる」という方法とは正反対の「創を密閉し湿った状態を保つ」という方法での治癒でした。
さらにそれまでの常識であった痂皮の形成が全く無く、一気に皮膚が再生して治ったのです。何と言っても痛みや痒みが無いことは驚きでした。
開放創は密閉したほうがよく、乾燥させないことで痛みもなく、早く、きれいに治ることが分かったのです。この結果は、まず医師によってではなく、ストーマケアの専門看護師であるET(現在はWOC看護専門看護師と呼ばれる)によって広められました。そして、ETが関わる難治創であった静脈うっ滞性下腿潰瘍や褥創にも、このバリケアを用いてみたのです。これらはストーマ周囲皮膚潰瘍と同様どんどん良くなったため、ET達は結果を雑誌に発表していきました。
創傷ドレッシング材の発明
このような報告に医師達も注目し、さっそくバリケアなどの皮膚保護材の研究がされ、ストーマ用にではなく創傷用として創傷被覆材が発明されました。現在使用されているデュオアクティブに代表されるハイドロコロイドドレッシング材がこれです。
デュオアクティブ(海外ではデュオダーム)は1982年に商品化され、日本においては1987年に保険適応となりました。世界的にみても、いち早く日本で採用となったことは画期的でした。
ハイドロコロイドドレッシング材の構造はストーマ皮膚保護材と全く同じといえます。保険は効きませんが、デュオアクティブなどのかわりにストーマ用皮膚保護材を創傷に使ってもほぼ同様の結果が得られます。
創傷治癒革命
1970年代と1980年代の間に、それまでの「創を開放し乾燥させる」という考え方が誤りで、「創は閉鎖し湿潤環境下で治す」のが正しいという全く正反対の理論へと変化しました。
同様に、それまで常識とされてきた「創面を消毒することは大変な間違いである」ということも証明されました。ストーマケアのもたらした創傷ケア革命は、今も旧来の創傷ケアの見直しに向かう原動力となっています。
手前みそになりますが、以上のような新しい創傷ケアの方法はストーマケアと関係していることから、大腸外科医によって広がった歴史があります。また、最近の別の流れとしては、美しく治すことが重要である形成外科や美容外科においても閉鎖湿潤環境を用いた方法が広がりました。
その結果、日本でも外国でも、創傷治癒理論の進歩は主に大腸外科と形成外科がリードする傾向があるのです。
しかし本当に足が地に着いた根強い広がりは、ET(WOC)を中心とした看護の世界です。閉鎖湿潤環境を理解している看護師の数は、それを理解する医師の数を圧倒的に凌駕しています。医師は創傷ケア革命をもっと理解する必要があると考えています。