第21回 創傷治癒過程における炎症期の重要性

2007年1月1日

 創傷治癒過程と、炎症期・増殖期・成熟期について考え、その中でも炎症期の重要性について考えてみましょう。

炎症期とは

 傷を受けると組織損傷部に出血がみられます。このとき破綻した血管は収縮し血流が低下するとともに、血小板を中心とした働きで血栓ができて出血は止まります。このとき、損傷部は血餅によって覆われます。
 障害組織や肥満細胞からはヒスタミンやブラディキニン、プロスタグランディン等の血管作動物質あるいは炎症物質といわれるものが放出されます。これらの物質は毛細血管の透過性を亢進させる作用を持ちます。つまり血管内膜の隙間を広げて血球や血漿成分が創周囲へ漏出させます。臨床的には創部の浮腫や発赤、熱感として認められます。この血管作動物質によって創傷部には好中球などの多形核白血球が集り、創内の細菌を殺していきます。
 同様に損傷を受けた組織や壊れた血小板からはグロースファクターが放出され、その作用で創部にマクロファージが集ってきます。マクロファージも細菌を貪食しますが、小さな異物も処理してくれます。このように好中球やマクロファージの働きで創内の細菌や微小異物は損傷部から除去され創の清浄化が進みます。
 ここまでの止血から創の清浄化に至る一連の流れが炎症反応であり、炎症期と呼ばれます。

炎症期から増殖期へ

 創内の清浄化が進むと、マクロファージを中心とした細胞から炎症期とは異なるグロースファクターが分泌されるようになります。すると創内には線維芽細胞や血管内皮細胞が遊走し分裂を開始します。線維芽細胞はコラーゲンを作ります。コラーゲンは、建築でいえばいわば柱や梁のように創治癒のための足場となります。この足場を頼りに血管内皮細胞は毛細血管を作ります。このようにコラーゲンによる網の目構造の形成とその中に毛細血管が延びていく時期が増殖期です。
 増殖期では創面は赤色の肉芽で覆われていきます。このときできるコラーゲンは細いため組織としては脆く出血しやすいのですが、血流は豊富なため感染しにくい状態です。したがって、汚染した切開創ではこの時期に縫合が行われますし(遅延一時治癒と呼ぶ)、植皮が行われるのもこの時期です。

成熟期

 増殖期の肉芽組織のコラーゲンは細く、毛細血管も無秩序で脆いのですが、これらが再構築され、太いコラーゲンと系統的な血管網が形成され、創面が皮膚で被われて外部に対して物理的強度が増加していく時期を成熟期と呼びます。創としては治癒として扱われる状態となります。

正常な創治癒と慢性難治創の違い

 以上のように炎症期・増殖期・成熟期と順を追って創の治癒が進行するとき、創は速く、痛くなく、美しく治っていきます。しかし全てがこのようではなく、難治創、慢性創と呼ばれる創傷があります。例えば褥創、静脈うっ滞性下腿潰瘍、動脈閉塞性足潰瘍、瘻孔創等です。
 慢性難治創の特徴は何でしょうか。それは創面をみればわかります。そこには異物があったり感染していたりして炎症期と呼べる部位が必ずあります。創内部には肉芽組織のみられる部位もあり、さらに創辺縁部では肥厚した皮膚や線維化して硬い組織などいわゆる成熟期にあたる部位もみられます。
 このように慢性難治創では炎症期が終了していないという特徴がみられます。

炎症期が創治癒に重要

 炎症期では創内の清浄化が行われ、創治癒のスタートであり、かつこれが完全に行われ終了しないとその後の創治癒過程は不完全なものになり、結局治癒しない創となってしまいます。
 炎症期を遷延する要因としては、局所要因として、感染の持続、異物の存在、局所血流の低下、摩擦、圧迫、浮腫、低温等があります。全身的な要因として、低栄養、糖尿病、抗癌剤治療、免疫不全、低血圧、呼吸不全、心不全等がみられます。また医原性の誤った治療も原因になります。
 この中でも特に重要なのは、「感染と異物」および「血流低下」ではないでしょうか。感染のコントロールのために消毒をしても逆効果である点は、今まで何度か説明させてもらいました。感染対策としてまず重要なのは、異物の除去と充分な創の洗浄です。そして血流の改善も大切です。褥創では除圧が強調されていますが、これも血流の改善が目的です。また静脈うっ滞性下腿潰瘍や動脈閉塞性足潰瘍も血流改善が重要です。

慢性難治創の対策

 創傷ケアにあたっては、炎症期・増殖期・成熟期と順番に予定通りの治癒過程をたどっていることを確認しながら行っていきます。そして治癒の遅延がみられたとき、必ず炎症期を遷延させる要因が存在するはずです。何が炎症期を障害しているのかをアセスメントし、科学的に確実な解決策を見いだして実行することが大切です。

 以上のように創治癒は炎症期に始りますが、この炎症期を障害せずしっかりと完結させることが大切です。消毒は炎症期の重要な細胞である多形核白血球やマクロファージの働きを障害することで、壊死組織を増やし感染の原因になり、医原性に炎症期を遷延させる誤った治療です。
 創傷面を乾燥させると創表面の組織が乾燥壊死して異物となり、炎症期は終わらなくなってしまいます。創面の湿潤状態を保ち、カサブタを作らずに創を治すことが重要であることも、炎症期遷延の予防という意味合いがあるのです。
 創傷ケアにおいて、炎症期を障害しないという観点から局所療法・全身療法を考え直してみましょう。