創傷処置時、日常的に行われる創洗浄ですが、その意義と方法を見直してみましょう。
受傷早期の創洗浄
傷を負ったとき、創傷内では白血球によって細菌は殺され、小さな異物も大食細胞によって処理され清浄化します。これらは創傷治癒過程の始まりにあたる炎症期の大事な役割です。この炎症期を早く終わらせることが、早く傷が治ることにつながります。
細菌の数を少なくし異物を減らすための治療行為としては創の洗浄があり、受傷早期における創処置の中でも最も大切と言えます。細菌数と異物量を減らすためには、できるだけ大量の洗浄液を用い、創内をくまなく洗えば洗うほど目的にかなうことになります。場合によっては創面をガーゼなどでこすりながら異物を除去することも行います。
肉芽増殖期の創洗浄
開放創の治癒が進み良好な肉芽創に被われてきた状態は増殖期と呼ばれ、外部からの創感染に比較的強い状態となります。この時期にみられる創面からの滲出液にはグロースファクターなど創治癒に有益な成分が含まれているため、理論的にはドレッシング交換は頻回に行う必要はありません。
しかし、創面を覆うドレッシング材や軟膏の薬効成分は時間とともに失われ、あるいはこれらはやがて異物となります。そのため軟膏では毎日の、創傷被覆材でも1~4日毎の交換が必要になります。交換時には、創面に残った異物を洗い流すことが必要で、そのために創洗浄が行われます。創周囲皮膚の汚染は創面へ移動し創感染の要因となるため、創周囲皮膚の清拭も創洗浄時に同時に行います。 感染創での創洗浄 不幸にして創感染が起こった場合は、白血球が細菌と戦った結果として生じる膿や、依然として残っている微小異物を除去するため、充分に創洗浄を行います。創面をガーゼなどでこすり異物を除去しながらの洗浄も一般的に行います。そして創周囲皮膚の汚れに対しても同様に清拭します。
創洗浄の適応と消毒
このように、新鮮外傷・肉芽創・感染創等々、全ての創傷において創洗浄は常に行われており、禁忌となることは考えられません。この洗浄において消毒液を用いるか否かについては、多少の議論はありますが、以前このコラムでお書きしたように、非汚染創はもとより、汚染創や感染創においても創の消毒は有害無益と結論できます。
創面の消毒によって多くの細菌を殺しますが、全ての消毒剤は蛋白質と接触すると瞬時に失活する特徴があるため、創傷内の細菌の多くは生き続けてしまいます。消毒は細菌だけでなく、創面に露出した組織の細胞や、本来細菌を殺してくれるはずの白血球なども殺してしまいます。つまり、消毒は創面にある全ての細胞(細菌も含みますが)に対し、非選択的に細胞障害をおこします。幸いなことに全ての細胞を完全に消滅させることができないため、日常の医療行為でこの創面の消毒を行ってもひどい医療事故を経験しないで済んでいます。しかし、もう一度繰り返しますが、ということは細菌に対しても完全に消滅させることができないのです。消毒は創面に対する「不完全な非選択的細胞障害行為」と言えるのです。
ところで、創傷治癒過程の炎症期には好中球やマクロファージなどの白血球の作用により創内の細菌は選択的に障害を受けるのですが、創面に露出した自己組織は白血球による障害は全く受けません。治癒環境を整えれば、白血球の働きによって完全に細菌感染を予防あるいは治癒させることができます。これは「極めて選択的な細胞障害作用」であり、我々が生まれながらにして持っている自然治癒力です。
この自然治癒力を最大限に引きだすためには、創面を消毒しないことと、創面を充分に洗浄することが大切です。
洗浄液の種類
創面の洗浄に使う洗浄液に関し、水道水と生理的食塩水のいずれが適しているかについてはいろいろ議論があります。現時点における文献的考察では、外傷においては生理的食塩水を用いても水道水を用いても差はないようです。問題は受傷後できるだけ早く洗浄することが大切で、少なくとも6時間以内、できれば1時間以内に洗浄することがポイントでしょう。そのように考えれば生理的食塩水でも水道水でもいいからできるだけ早く、まずは受傷者自身によって(おそらく水道水によって)洗浄することが大切と考えます。
ここで一言コメントを言いますと、救急の現場や在宅では水道水を勧めてよいと思っていますが、病院入院中や介護施設入所中の患者に対しては、私は水道水の使用は勧めません。水道水そのものには問題ないと思いますが、水道水を入れる容器の汚染が心配だからです。水道水を入れる容器が汚染された場合、院内での相互感染(院内感染)の危険があるからです。容器内ではなく容器の外側、つまり手で触る部分には高濃度の汚染が起こる可能性があると考えています。特に耐性菌の広まりに危惧を覚えます。
洗浄水の量と入浴
創面の洗浄はできるだけ多くの洗浄水を用いることが勧められます。洗浄水の量を増やしていくと入浴にたどり着くと考えています。この場合入浴のお湯に細菌がいるではないかとの指摘がありますが、創周囲皮膚にいる細菌数と比べると入浴水中の細菌数は無視できると思います。創洗浄を行うときには、創周囲皮膚の洗浄液も創内に入りますが、この細菌数が入浴のお湯と比べはるかに多いからです。
入浴による創洗浄効果は、浴槽内のお湯全量が洗浄液と考えられ、究極の創洗浄ではないかと思います。さらに40℃程度の温度による入浴によって、創傷面の加温が行われます。創傷面の加温は粗面への酸素供給の増大をもたらし、創治癒促進効果も期待できます。血流増加による酸素供給については、天然の抗生剤とも呼ばれており、感染予防あるいは感染治療効果も期待できます。ただし、皮膚とは違い創面には生きた細胞が露出しているため、42℃以上の温度では細胞障害が起こる可能性があり、入浴温度は40℃以下に抑えておく必要があります。
創傷のある方の入浴禁忌について
全身状態が悪く入浴に堪えない状態の方は論外として、原則的に入浴禁忌はないと考えています。以前は、感染した創傷で除去されない壊死組織を伴うときは禁忌と考えていましたが、これは直ちに壊死組織を外科的にデブリードメントすべきであり、このような創傷は存在してはいけないはずです。外科的なデブリードメントが行われていないこのような創傷では、一般的な創面の洗浄も意味がありません。したがって究極の洗浄である入浴も意味が無くなるのです。
言葉を変えれば、「創面の洗浄に意味がある創傷の全てにおいて入浴は禁忌ではない」と言えるのではないでしょうか。
「外傷があると表皮化するまで入浴は禁止」とされる場合がかつてありました。しかしこれでは創周囲皮膚汚染がひどくなり皮膚感染がおこり、ここから創内への菌の移動によって、却って創感染を誘発する結果となります。創周囲皮膚は広い範囲で清拭する必要があり、そのためにも入浴は大変効果のある方法です。 縫合創での入浴 開放創での入浴は比較的行われるようになってきたのですが、縫合創では抜糸まで入浴禁止とされる場合が今もけっこうみられます。縫合創では2日すれば縫合部は表皮化しており、外部からの細菌の侵入はまずありません。したがって、まずこの時点以降での入浴を禁止する根拠はありません。
縫合後の2日間、入浴を禁止したいと考えられる方においては、ポリウレタンフィルムドレッシング材を貼付したうえでの入浴が勧められます。
しかし、私は縫合創においても出血が止まっていれば翌日から入浴が可能と思っています。ただし入浴による加温によって血流量が増えるため、止血が確実でない創傷での入浴は注意が必要です。
縫合部も拡大すれば開放創です。縫合部でも白血球による選択的細胞障害作用が細菌に対して作用しており、外部からの細菌の侵入にを防いでくれます。問題になるのは創面の消毒であり、創治癒環境を整える洗浄(=入浴)はどんどん行ってよいと思っているのです。
日本人はかつて入浴で傷を治していた
日本には温泉がたくさんあり、戦国時代に傷ついた武将が温泉に浸かって傷を治したと言い伝えられている温泉地も数多くあります。これは温泉が傷を治す効果のあることを経験的に知っていたからです。また、実際効果があったために伝説ができたのです。私も温泉好きですが、温泉の更衣室には温泉の効能書きが書いてあります。ほとんどの温泉では効能として「傷」があげられています。湯治場は傷を治す目的でもかなり利用されてきたと思います。
このよう伝統的に温泉で傷を治してきた我々日本人だったのに、ではなぜ、いつから傷をしたらお風呂に入ってはいけないことになってしまったのでしょうか。本当に不思議です。
今回は、創傷処置で最も基本的な手技の一つである創洗浄について、さらに究極の創洗浄と考える入浴について書きました。創傷のある方、特に褥創の方での入浴をもっと積極的に勧めることで、さまざまな良い効果が期待できることと思います。