第17回 褥創のポケットを切開するかどうか

2006年9月1日

ポケットの発症原理

 褥創は、寝たきりなどによって筋肉量が減り相対的に骨突出が際立ってきたとき、体重によって骨突出部の軟部組織(皮膚・皮下脂肪・筋肉)が圧迫による血流障害に陥り、その結果生じる創傷です。この圧迫の強さは、皮膚面よりもより深部の骨に近い部位でより高い圧力になっています。また、血流障害に最も強い臓器は皮膚であり、皮下脂肪や筋肉に関しては、皮膚と比べずっと血流障害に対して抵抗力がありません。さらに圧迫の加わる部位には横方向の力である「ズレ」が生じやすいのです。このズレは皮膚面には摩擦、深部では血流障害を起こします。
 これらの複合要因によって、褥創発症部ではより高い圧が深部にかかり、その部位にかかる横方向の力によってさらに血流障害が強まり、しかも深部の組織は皮膚よりも血流障害に弱いという特徴から、皮膚面における障害範囲よりも、深部での組織障害範囲がずっと広くなるという結果をもたらします。
 したがって急性期を過ぎ、黒色痂皮を除去してみると多くの褥創では皮下での組織欠損が見られます。これをポケットと呼んでいます。ポケットも浅いものでは治療によって肉芽組織で埋まって自然に消失していきます。しかし、深いポケットでは内部の壊死組織がなかなか無くならず、このような例では嫌気性菌の増殖もみられ複合的な細菌感染が持続し極めて難治の状態に移行していきます。

ポケットの治療法(外科的切除)

 このようなポケットをどのように治療するかに関しては、幾つかのオプションがあります。まずは、死腔を伴う創傷における基本的処置である、ポケットの外科的切開切除術です。この場合炎症を伴う組織の切開を行うため、一般的に電気メスを用いて止血しながらの切開が勧められます。私自身のやり方としては、まずポケットの範囲をマジックにて皮膚に書き込み、あらかじめ深い方向への放射状切開部位を決めます。大体5~7方向の切開を予定します。まず局所麻酔を充分に行ってからポケット周囲皮膚を約1cmの幅で電気メスにて切除します。この部位はグロースファクター(増殖因子)のインバランスがあるために肥厚し、また皮膚の巻き込みがあるため残すと治癒遷延の原因になるからです。次に予定した方向に向かって順次電気メスで皮膚も含めて一気に切っていきます。出血があれば凝固を使ってどんどん止血します。設定はかなり強くしています。
 このようにするとポケット内部の全容が解ってきます。内部はほとんど不良肉芽か壊死組織で被われています。壊死組織はできるだけ切除しますが、不良肉芽はあまり手を加えません。切開にて創面は星形の開口となるので、ここでとんがった皮膚の部分を適当に切除します。電気メスで止血を完全に行います。
 ここまでに約10~20分かかると思います。電気メスを使わないとこのような操作はできません。
 以上行った後で創内を生理的食塩水で充分に洗浄し、強い感染があればイソジンシュガーを用い、あまり感染徴候が無いようであればアルギネートドレッシング材を用いて全体をフィルム材で密閉します。交換は当初1日2回行います。

ポケットの治療法(保存的療法)

 ポケットの内部に感染を認めるも保存的に治療できると判断した場合は、カデックス軟膏やイソジンシュガーを用いて感染をコントロールします。これらの軟膏を創内に用い、全体をフィルムドレッシング材で密閉固定し、1日1~2回交換します。軟膏塗布が難しいようであれば、小さなガーゼに軟膏を塗布し創部にあてがい、その上からフィルム材で固定しても良いでしょう。感染徴候が強まるようであれば、あきらめて外科的切開切除を行います。
 創内に感染徴候が無くなれば、積極的にポケット内部の壊死組織除去をはかります。この時主に用いているのは酵素製剤であるエレース末です。エレース末を生理的食塩水で溶かし、ガーゼに染み込ませてポケット開口部に用いフィルム材で密閉固定します。この方法によって、ポケット内部の壊死組織を酵素による加水分解(化学的デブリードメント)によって融解除去をはかります。このようにしてポケット内部の壊死組織が無くなれば、後はポケットの前後壁が癒着によって一気に閉鎖するのを期待します。

外科的手術か保存的療法か

 これら典型的な二つの治療法ですが、どのような基準で選択すればよいのでしょうか。私が過去に治療した褥創ポケット症例を集めて検討してみました。それらは私の経験と直感によって切ったり保存的治療したりしました。切除例のほとんどは保存的治療が当初行われ、1ヶ月あるいは数ヶ月治療しても改善しないために外科的に切除されていました。あるいは感染徴候のために早期に切除されまていました。
 そこで、保存的に治療してポケットが無くなった褥創と、外科的切除が選択された時期の褥創とを比較してみました。すると、両者間では「ポケットを含めた創面の大きさ」「ポケットの開口部の大きさ」のいずれも有意差はありませんでしたが、ポケットの最深部の深さで著しい違いがみられました。
 つまり、ポケットが自然閉鎖した例でのポケットの深さは、全て2cm以下であったのに対し、外科的切除に踏み切り治癒させえた症例のポケットの深さは、全て4cm以上でした。この調査結果をふまえ、今では2cm以下のポケットは保存的に、2~4cmの症例では、まず2週間程度、保存的に治療し、改善傾向がなければ外科的に切開することにしました。また、4cm以上の深さのポケットに対しては、当初から電気メスによる切開を選択することにしています。

ポケット治療は局所療法のみにあらず

 初めに記載したように、ポケットは圧迫とズレが原因でおこっています。したがってポケット治療においては、ポケット部位にかかる圧迫をなるべく少なくし(体圧分散)、またズレが起こらないような体位取りや移動の工夫も同時に計画・実行しなければなりません。さらに栄養状態の悪化も関与しているいことが多く、栄養改善も同時に行うことも求められます。
 これら体圧分散・ズレ対策・栄養改善等が同時に行われない場合、理想的なポケット局所療法が選択されポケットの改善傾向が見られても、それは一時的であり再びポケットを形成してしまいます。このように褥創治療においては、単一の対策のみでは結果は出せず、複合的な対策が求められます。これらを一人で行うと抜けが生じてしまいます。
 それぞれの専門家である、医師・看護師・栄養士・理学療法士・作業療法士等、多くの職種が意見を出し合って、また家族や患者さんの意見も組み入れて、一ヶ所のみ突出するのではなく全体的にバランスのとれた対策を講じることが必要なのです。
 実はこのような手法は、褥創だけではなく全ての病気や疾患・病態において必要なことではないでしょうか。褥創治療をしっかり行っていくと、褥創に止まらずいろいろな方面に良い結果をもたらすと思います。