第16回 表皮化のおこり方と創の収縮

2006年8月1日

 私たちの体は傷を受けても自然治癒力によっていつの間にか治っていきます。もちろん医師が傷の処置をし治癒を早めているはずですが、自然治癒力を最大限に発揮させているかどうかについては、謙虚になることも必要かもしれません。
 創傷治癒のメカニズムを知ると、本当に私たちの体は良くできていると感心するのですが、その一端を御紹介いたします

表皮化のメカニズム:浅い傷の表皮化

 体の表面は皮膚によって被われており、外界の温度、乾燥、摩擦、圧力などから内部環境を保護し、常に細胞内環境を一定に保っています(ホメオスターシス)。この皮膚は、体表から表皮・真皮からなり、皮膚の下には皮下脂肪層があります。外界の過酷な環境と内部環境の境は表皮、特にその表層の角質層の働きが大きいのです。したがって傷を負った場合、最終的に傷が表皮、中でも角質層で被われることが重要です。
 ではこの大切な表皮はどこで作られるのでしょうか。表皮は表皮と真皮の境にみられる一層の細胞集団である基底層で作られます。つまり分裂能力のある表皮細胞はこの基底層の細胞(基底細胞)のみです。
 面白いのは、基底層は表皮と真皮の間だけではなく、毛嚢壁と、汗腺や皮脂腺の壁にもみられます。毛嚢や汗腺、皮脂腺は真皮層のかなり深部まで延びています。したがって大ざっぱに言えば、基底細胞は数の差はあるものの真皮層の深いところまで存在すると言えます。
 そこで傷の程度を分類してみましょう。傷の組織損傷が表皮剥離あるいは真皮層の中間までのものを、部分創損傷あるいは中間層損傷(Partial thickness wound)と呼びます。また、組織損傷が真皮層を越して皮下組織まで及ぶものを全層損傷(Full thickness wound)と呼びます。この二つの分類の意味するものは大きく、両者で表皮化の仕方が全く異なるのです。
 中間層損傷では、一番深い障害部位でもまだ真皮層が残ってるため、創傷面には基底細胞がみられます。つまり基底細胞がその壁を作っている毛嚢や汗腺、皮脂腺が創面で横断されており、横断面に基底層の細胞が点在することになります。もちろん創辺縁部にも表皮と真皮の境の基底層断面が取り囲んでいます。
 したがって中間層損傷では、創面の細胞が生存可能な環境である湿潤状態を維持すると、創辺縁部及び創面の全体で表皮化がおこります。そして1週間程度で創表面全体が表皮細胞で被われます。ただし1週間程度では表皮細胞は角化がまだおこらず、外部環境から内部環境を保護するバリアー機能を持っていないため、引き続き湿潤状態を維持する必要があります。その期間はさらに追加2週間、つまりトータルで3週間程度経つと創表面は角質層で被われるのです。

表皮化と創の収縮:深い傷の表皮化

 さて、では全層損傷の表皮化はどのようにおこるのでしょうか。全層損傷では基底層の細胞は創周囲を環状に取り囲んでいるだけで、創傷面には全く基底細胞はみられません。したがって創面を表皮で被うには創周囲から表皮が中央に向かって延びてくるしかありません。
 表皮が横方向に伸びていくには、下地に条件があります。それはコラーゲンによる足場が必要ということです。コラーゲンの足場とは肉芽組織の形成です。創面を湿潤状態にすると線維芽細胞がコラーゲンを作り、そこに毛細血管が形成されてできるのが肉芽組織です。この肉芽組織ができると増殖した表皮細胞が、創表面を周りから少しずつ角化表皮で被ってきます。
 このように全層損傷では、まず創面に肉芽組織ができることと創周囲からしか表皮化がおきないという大変なハンディを持つことになります。これでは大きくて深い傷を負った動物はバリア機能の無い創面から細菌やアレルゲン、あるいは異物が侵入し、とても生き延びることはできません。そこで何千万年の人類の歴史、あるいは何億年かの動物の歴史の中で大変素晴らしい創の収縮というメカニズムを獲得しました。
 全層損傷を負った傷では肉芽組織が1週間程度ででき始めますが、大体1~2週間の間に肉芽組織の中に筋線維芽細胞が形成されます。これはコラーゲンを作る線維芽細胞の中に平滑筋線維を持つものが出現したものです。この筋線維芽細胞は一定の刺激があるとその方向に全ての筋線維芽細胞が並びます。つまり開放創では創縁は創中心からみると放射状に物理的な力が繰り返されるため、筋線維芽細胞は創中心から放射状に並びます。平滑筋は収縮作用があるため、創辺縁部は創中心に向かって引っ張られます。これが創の収縮です。
 創の収縮は受傷後2週間以内にみられるようになりますが、この働きで創傷面積は10%程度まで縮小します。この時、縮小した創面に対し創周囲から表皮化が進展してくるということになります。
 全層損傷においても、この創の収縮があるため開放創の時間が格段に短くなり、傷を負った動物達も生き延びることができたのだと思います。
 しかし、この創の収縮は嫌われ者としても知られています。それは瘢痕拘縮と呼ばれるものです。瘢痕拘縮とは創の収縮が関節可動部でおきた場合、関節周囲の軟部組織が引き寄せられるために関節の動きが制限されてしまった場合を呼びます。

表皮化を有利に進めるために

 このようなメカニズムを知ると本当に我々の体は良くできていると感心させられます。しかし、この有利なメカニズムもそれを有効に発揮するかしないかは局所療法しだいなのです。
 中間層損傷においては、創表面を乾燥させるとせっかく分裂しようとした基底層の細胞も乾燥壊死し、痂皮で創面が被われる結果となります。痂皮もその下にはやがて湿潤状態が形成され、痂皮の下でも表皮化は進展します。しかし痂皮は基本的に異物のため、炎症反応がおこり、あるいは感染が起こり創は深くなったり、または痒みのために痂皮を剥がすという行為を繰り返すことになります。
 表皮化を有利に進めるためには、閉鎖性ドレッシング法によって創面の湿潤状態を維持するのが最も簡単で確実な方法です。
 全層損傷においても、創面の乾燥は肉芽組織の形成を障害し、厚い痂皮が作られることになります。この厚い痂皮の下でも確かに湿潤状態は形成されるのですが、ドレッシング法によって創面の湿潤状態を保ち、痂皮を作らずに肉芽組織を盛り上げる方法を選択した方がより早く表皮化します。また、創面の湿潤状態を保つと創面を乾燥させた場合と比べ、より創の収縮が早まることも報告されています。
 ここで消毒についても触れておきます。全ての消毒剤は細胞障害性があり、創面の消毒は基底細胞の分裂・肉芽形成・創の収縮等を障害します。それどころか創面を消毒すると創感染率がむしろ高くなることが実験的に証明されています。この点に関しては、以前書かせていただきました。

 創傷治癒としての皮膚バリアー機能の回復をもたらす表皮化のメカニズムは大変良くできており、浅い傷でも深い傷でも素晴らしい自然治癒力で修復されます。傷の局所療法をおこなうにあたっては、この素晴らしいメカニズムに逆らうことなく、できるだけ有利に働くような局所療法を選択することが大切だと思います。