第09回 感染した褥創の局所療法

2006年1月1日

 褥創を含め創感染がおこった場合は、まず「閉鎖空間での感染拡大を避ける(開放化)」ことと「壊死組織(異物)を除去する」ことが大切です。ではこの原則を実際の褥創治療ではどのように使っていくのでしょうか。
 褥創が感染する場合は、以下の三つの場合が考えられます。

  1. 黒色痂皮を伴い、化膿の4徴(発赤・腫脹・熱感・疼痛)がある。
  2. ポケットがあって内部に壊死組織を伴う。
  3. 大転子部などで壊死した筋膜の下で感染が広がっている。

 これら三つの場合の危険性と、まずおこなう処置法について解説いたします。

化膿の4徴を伴う黒色痂皮

 褥創は骨突出部にできますが、この時、体圧が高く最も組織障害を受けるのは皮膚ではなく、皮下組織(皮下脂肪・筋肉組織)です。したがって、黒色痂皮化した皮膚の下には融解壊死し異物となった皮下組織が存在します。
 黒色痂皮は水や細菌を容易に通すため、褥創発症部のように汚染にさらされる部位では痂皮を通って細菌が侵入してきます。痂皮下の異物に細菌が付くと、すぐに感染巣を形成します。黒色痂皮は硬いフタの役目をするため、黒色痂皮の下で感染が広がり、周囲皮膚で感染に対する強い炎症反応である化膿の4徴(発赤・腫脹・熱感・疼痛)がみられるようになります。
 このように、黒色痂皮の周りの皮膚に化膿の4徴がみられた場合は大変危険な状態を意味し、直ちに痂皮を切除し創を解放しなければなりません。痂皮部の切除開放には局所麻酔は不要で、メスやハサミで切り取っても出血はありません。
 感染した創傷に対しても、消毒をすると創治癒が遅れることが報告されていることから、開放化した創面の消毒は止め、生理的食塩水で十分に洗浄します。そもそも全ての消毒薬は蛋白質に接触すると速やかに失活します。創面は蛋白質でできており、また滲出液も蛋白を含んでいるため、創表面にしか効果のない消毒では、創内部で増殖する細菌には何の効果も期待できません。

内部に壊死を伴うポケット

 皮膚の下掘れであるポケットは褥創にはよくみられるものです。ポケットを伴う褥創には圧迫の他にズレと摩擦が働いています。ポケットを伴う褥創では、体圧分散効果のより高いエアーマットレスへの変更をおこなうとともに、ズレと摩擦の原因を究明し対策を立てる必要があります。
 ところで私の経験をまとめたところ、ポケットの深さが4cm以上の場合は自然閉鎖はほとんど期待できませんでした。現在は、ポケットの深さが4cm以上あった場合、感染徴候がなくても1~2週間の保存的治療で改善のないときは、ポケットの切開・切除手術をすることにしています。
 ポケット内部は壊死組織を伴うことが多く、感染巣を形成しやすい環境です。ポケット内部の感染は化膿の4徴を伴わないこともあります。一応開放されているためにひどい感染にはならず、潜在感染の形態をとるのかもしれません。汚い滲出液がみられ、ポケット部皮膚に色素沈着があるときは、ポケット内部が感染していると考えます。
 このように、ポケット内部の感染を疑う褥創では、一般的にポケットの深さが3cm以上あります。この場合も直ちに外科的に切開・切除をおこないます。
 感染したポケットでは炎症反応が進行しており、血流が豊富なため、黒色痂皮切除の要領でいきなり切り込むと大出血します。切開・切除範囲には局所麻酔をおこない、切開は電気メスを使って止血をしながら切っていきます。ポケット開口部の皮膚は肥厚硬化しており治癒が遷延するため、この部位は全周性に切除します。さらにポケット深部へは放射状に皮膚を切開します。創が収縮したときにいびつな形にならないように、放射状に切開した間の皮膚も適宜トリミングしながら切除します。
 電気メスは強めに設定し、皮膚切開にも使用します。切開と凝固をうまく使いながら短時間に処置をおこないます。切開・切除後は消毒せず、生理的食塩水で十分に洗浄をおこないます。

大転子部の筋膜下感染

 大転子部など筋膜の発達した部位では、白色に壊死露出した筋膜の下で感染していることがあります。このような場合でも、白色筋膜自体はつややかで感染を示唆する徴候はありません。この状態を見過ごすと、筋膜の下の閉鎖空間で感染が広がり、壊死性筋膜炎あるいはガス壊疽となり、急速に全身状態が悪化し、死の転帰を取ることがあります。
 大転子部など筋膜が露出した褥創では、筋膜にペアンなどで鈍的に穴を開けるか、ハサミなどで一部切除し、筋膜下を開放しておくことが勧められます。このことによって筋膜下の感染を早期に診断でき、また感染の予防にもなります。
 筋膜下を開放したとき膿が流出し感染が明らかになった場合、直ちに残った筋膜を切除して大きく筋膜下を開放します。もし感染が筋膜下で広範囲に広がっている場合は、電気メスを用いて感染部分の全てを広く切開する必要があります。切開・開放後は生理的食塩水で十分に洗浄します。

切開・切除後の処置法

 以上のように感染褥創では外科的切開・切除術を直ちにおこなう必要があります。いずれの場合も、創内の洗浄後、殺菌剤軟膏を使用します。感染創に対する殺菌剤軟膏使用のコンセプトは、低濃度の殺菌剤を長時間創面に接触させることです。
 殺菌剤に対する感受性については、「細菌の感受性」と「白血球や線維芽細胞の感受性」の間にギャップがあります。つまり薬剤濃度を下げていくと、細菌にとって障害作用があっても、白血球や線維芽細胞など創傷治癒に必要な細胞には障害を与えない濃度が存在します。つまり低濃度の殺菌剤を使用すれば、細菌に有効でありながら創治癒への悪影響を最小限にできるのです。
 このように低濃度の殺菌剤でも、創深部で増殖する細菌に作用しなければ意味がありません。殺菌剤は全て蛋白質と接触すると速やかに失活してしまいます。しかし創面に長時間接触させることができれば殺菌剤が浸透し、深部の細菌にも有効になる可能性が出てきます。
 現在褥創に使用されている殺菌剤軟膏は、カデックス軟膏・イソジンシュガー軟膏・ゲーベンクリームです。これらはいずれも感染褥創に効果が認められます。実はこれら3つの薬剤は「低濃度」「長時間」のコンセプトを満たしているのです。
 カデックス軟膏では、滲出液を微細な高分子ビーズが吸収するのと引き換えに徐放性にヨウ素が放出されます。滲出液がかなり多くても、3~6時間以上ヨウ素を低濃度で放出し続けることが期待できます。
 イソジンシュガー軟膏では、軟膏に含まれる白糖が滲出液を吸収するときポピドンヨードを比較的徐放性に放出します。滲出液が多いと30分もしないうちに全てが放出されてしまいますが、滲出液の量によっては6時間以上の低濃度持続放出が期待できます。
 ゲーベンクリームは銀による細胞障害を期待する薬剤です。銀による直接細胞障害もありますが、多くはDNA合成阻害作用によるものです。したがって細胞分裂の盛んな細胞に対する障害がより強くなる特徴があります。このことから細胞分裂の盛んな細菌に対する有効性はより強く、分裂の遅い白血球や線維芽細胞に対する悪影響はより少なくなります。
 さて、これら3つの薬剤をより効果的に使うためのドレッシング法を紹介しましょう。それは閉鎖性ドレッシング法です。これら軟膏を創面に用い、軟膏の流出を避けるために創面をはみ出さない程度の小さな薄いガーゼで覆い、全体をフィルムドレッシング材で密閉閉鎖します。
 フィルムで密閉閉鎖することで軟膏は創面にとどまり、低濃度の殺菌剤を有効に創面に放出し続けることが可能になります。逆に、もしガーゼのみで覆いフィルム材で密閉しないと、せっかく徐放性に出た殺菌剤は大部分がガーゼに吸収され、創面にはほとんど残らないという結果になってしまいます。この点からも閉鎖性ドレッシング法が褥創局所療法としてより優れているといえるのです。
 カデックス軟膏とイソジンシュガー、ゲーベンクリームの使い分けとしては、感染極期で滲出液が最も多い時期にはカデックス軟膏を使用し、滲出液が減少しカデックス軟膏では創面が乾燥するようであればイソジンシュガー軟膏に変更します。さらに滲出液が少なくなってイソジンシュガー軟膏でも創面乾燥傾向になれば、ゲーベンクリームに変更します。いずれの場合も、感染徴候が無くなれば滲出液の量にかかわらず使用を中止し、細胞障害作用のない局所療法に変更します。
 創傷面での白血球の細菌抑制能力は24~48時間と報告されていることから、感染創でのドレッシング交換は1日1回以上おこなうことが原則です。これを守れば感染創においても閉鎖性ドレッシング法による危険はないと考えます。

 以上感染褥創の局所療法について解説しましたが、実はこれら全ては褥創に限らず全ての創傷に適応する方法でもあります。