寝たきりの方にできる褥創(床ずれ)は、一度発症すると大変厄介で治りにくいものです。褥創は看護や介護の責任と考えられ、医療の関与はあまり積極的には行われない時期が続きました。しかし、1980年代から褥創に関する研究が盛んになり、その発症のメカニズムが解明されるとともに、科学的に治療を行う必要性が強調されるようになりました。
日本においても1990年頃から、「褥創は予防が可能であり、科学的に治療することで一般の創傷と同じように治る病気である」ことが広まりました。残念なことに、この概念は看護師の間で急速に広まったものの、医師の間では注目されませんでした。しかし、1998年の褥瘡学会の発足、2002年からの褥瘡対策未実施減算の開始によって、医師も褥創に関わらざるをえなくなりました。
褥創を含め創傷治療は本来医師が行うべきもので、看護師に任せきりは許されません。まして、褥創はさまざまな要因が複雑にからみあった難治性の創傷であり、しっかりとした創傷治癒理論に則った方法をとらないと改善は期待できません。まずは褥創の発症原理を理解し、予防と治療に関わりましょう。
褥創の発症要因
1)組織障害は深部でより強い
褥創は、寝たきりなどのために仙骨部など体の下になる部位に体圧が持続的にかかり、そのために骨と体表に挟まれた組織が圧迫による血流障害で壊死にいたる創傷です。体重による圧が最も高くなるのは骨の飛び出したところです。
そもそも骨突出部では、皮膚、皮下脂肪組織、筋組織、そして骨膜と、全部同じ圧がかかるのでしょうか。この圧に関する研究については、実際の体圧測定、人体類似モデルによる観察、コンピューターによる解析などいろいろ行われましたが、いずれも体表よりも深部で圧が高くなることが示されました。つまり皮膚よりも皮下脂肪組織や筋組織でより高圧ということです。
また、各体組織の虚血に対する抵抗力に関しては、脳や心臓が一番弱く、皮膚が一番強いことが知られています。骨突出部では虚血に強い皮膚への圧が一番弱く、虚血に弱い皮下脂肪組織や筋組織で圧がより高くなっています。
我々が観察できるのは皮膚の色調です。従って、褥創発症時に最初に観察できる皮膚の虚血変性のサインである紅斑や皮下出血がみられたときには、既に皮下脂肪組織や筋組織は壊死していると考えられます。このように、褥創は体表からではなく深部から進行します。皮膚の虚血変性の最終段階である黒色壊死がみられた時、皮下組織は既に広範囲に壊死液状化しており、感染しやすい状態です。黒色壊死を除去すると、多くの場合感染した膿が流出するのはこのためです。これを称して「一晩で褥創ができた」との印象を持つのです。しかし、実際は皮膚の紅斑から感染までには数日を要しているはずです。
褥創治療の第一歩は、皮膚の紅斑で治療を開始することです。このためには皮膚観察の専門家である看護師の協力が必要です。
2)摩擦・ズレ・浸軟
寝たきりといっても全く動かないわけではありません。経口摂取や経腸栄養をする時ベッドをギャッチアップするし、また体位変換もしばしば行います。座位が可能であれば車イスに座ることもあります。このように体を起こしたり傾けたりすると、どうしても体が重力に従って下の方へずれます。この時、寝ているときに圧迫の加わっていた仙骨部や踵部などの皮膚に「摩擦」が働き、同時に皮下組織には横方向の力である「ズレ」が生じます。圧迫に抵抗力のあった皮膚も「摩擦」によって表皮剥離します。体圧によって障害を受けた皮下組織は「ズレ」による虚血状態が持続します。
このように、「摩擦」と「ズレ」は皮膚および皮下組織に物理的損傷を起こし、褥創の発症要因になるのです。また、仙骨部などの皮膚が尿失禁や便失禁あるいは汗によって「浸軟(ふやけ)」すると、皮膚の物理的・科学的バリアー機能が低下し、皮膚障害の原因になります。更に、皮膚が「浸軟」すると摩擦力は5倍になると言われています。
多職種による協働作業の必要性
1)体圧分散・スキンケア・体位交換
持続する圧迫による組織障害をできるだけ軽減するために、体圧分散寝具の導入が必須ですが、体圧分散寝具にはいろいろなタイプがあり、患者さんの活動性や意識状態、拘縮の有無などを考慮して選択します。体位変換もズレや摩擦を起こさない方法で行う必要性があり、またスキンケアを適切に実行し皮膚の耐久性が落ちないようにしなければなりません。これは看護師が専門ですが、在宅では介護者に依存することになります。局所療法を行う医師も「体圧分散・スキンケア・体位変換」について基礎知識を持っておく必要があります。
2)骨突出の起こるわけ:栄養障害
寝たきりの方には健常人には無い骨突出が多くみられるようになります。その原因は、寝たきりのため骨格筋が使われなくなり、廃用萎縮によって筋肉が吸収されていくためです。さらに褥創を発症したほとんどの方は、癌末期・認知症・脳梗塞後遺症による摂食障害等により低栄養状態になっています。低栄養状態になると、体は生命維持のために筋組織や脂肪組織を分解してエネルギーを作ります。こうして脂肪や筋組織が減少し、相対的に骨が突出してくるのです。
創傷が治癒するためには、創面で細胞の増殖(つまり蛋白合成)が行われますが、低栄養状態ではこの蛋白合成力が低下するため創は治癒しません。
褥創の治療および予防においては栄養状態の改善が必須です。まずは経口的に栄養状態を改善することが望まれますが、「如何に食べさせるか」を実践する専門家は管理栄養士です。また、誤嚥など摂食嚥下障害のある患者において、これを改善する専門家は歯科医・歯科衛生士や言語聴覚士です。これら専門家によるアセスメントと指導が欠かせません。ここでも、局所療法を行う医師は栄養改善および摂食障害改善における基礎知識を持っておく必要があります。
3)寝たきりの予防
そもそも褥創の発症は寝たきりになることです。立つことができた方がいつの間にか寝たきりになるのを予防することは、何よりも大切ではないでしょうか。そこで、運動能力をなるべく落とさないようなリハビリを行うことが必要です。この点に関する理論はいろいろあるようですが、現状においては介護度はどんどん悪化しているのではないでしょうか。在宅介護および入所介護において、介護度を悪化させない運動療法が必要ですが、この点に関しての専門家は理学療法士です。褥創治療に携わる医師も「介護度を悪化させない運動療法」についての基礎知識を持っておきたいものです。
褥創の局所療法
以上書いたように、褥創の治療および予防には多職種による協働作業が必要です。しかし、できてしまった褥創の治療にはやはり局所療法を行ないます。完全には取り除けない持続的圧迫や十分に改善できない低栄養状態という悪条件下で、褥創という創傷を治すためには、今解っている創傷治癒理論の全てを導入し、少しでも創傷治癒に好都合な環境をもたらす局所療法の選択が不可欠です。
今まで漫然とやってきた「創を乾燥させる」「創面を消毒する」「壊死組織を除去しない」「創周囲皮膚の洗浄を行わない」等、創傷治癒理論に反する方法では褥創の治癒は期待できません。医師は局所療法の専門家であり、看護師・管理栄養士・歯科医師・歯科衛生士・言語療法士・理学療法士にその専門性を期待すると同じように、創傷治癒理論に則った方法を行い専門性を発揮することが望まれます。