第04回 閉鎖性ドレッシング材誕生の歴史

2005年8月1日

  「創傷を閉鎖した方が速く治ること」が臨床応用されるまでには、いくつもの偶然あるいは必然の歴史がありました。まずは、1960年代初頭にWinterらが、当時食品に急速に利用されるようになった食品用ラップ(ポリエチレンフィルム)を創傷に使ってみたのが始まりです。

ドレッシング材(?)による湿潤環境の始まり

  Winterらは、食品用ラップを創傷に使ったところ、痂皮を作ることなく速やかに上皮化することを報告しました。その段階ではまだ閉鎖性ドレッシング材とは言えず、比較的閉鎖的環境によってもたらされた湿潤環境が創傷治癒を促進したのです。しかし、食品用ラップでは創周囲皮膚の浸軟(ふやけ)をもたらし、臨床応用には問題があり、普及しませんでした。このWinterらの発表後、湿潤環境の研究が徐々に行なわれていきました。

ストーマケアからの創傷革命

  ちょうどこの時期に創傷管理における画期的な発明がありました。それは1950年代にストーマ(人工肛門)ケア領域で起こったのです。
  クリーブランドクリニックの大腸直腸外科創始者であるTurmbullは、潰瘍性大腸炎の手術で作った回腸ストーマ周囲皮膚のひどい皮膚炎や潰瘍の処置に悩んでいました。回腸ストーマから出てくる消化作用の強い水様便をプラスチックの袋で受けていたのですが、その袋を皮膚に密着させることができなかったのです。
  その時、偶然に歯科で使用されていた入れ歯固定用のカラヤガムに注目しました。このカラヤガムでプラスチック袋を皮膚に接着したところ、便漏れもせず皮膚炎も起こらなかったのです。このカラヤガムで作ったシートはすぐに商品化され、ストーマケアは飛躍的に進歩しました。
  このストーマ周囲皮膚へのカラヤガムの使用は、プラスチック袋の単なる固定の意味以上の結果をもたらしました。ストーマ周囲皮膚のビランや潰瘍部にカラヤガムでできたシートを貼ることで、痂皮を作ることなく革新的に速やかにこれらビランや潰瘍が治癒していったのです。
  ストーマ周囲の潰瘍は絶えず便で汚染されるため、どのような軟膏を用いても治すことが困難でした。しかし、カラヤシートによって傷んだ皮膚を密閉して便漏れによる汚染をブロックすることで、創傷面の湿潤環境が維持され治ったのですが、この事は深く研究されることなく、経験として広がっていきました。
  やがて1964年には、入れ歯固定目的に開発された、人工材料オラヘーシブと呼ぶ粘着剤が誕生し、これもシート状に加工され、ストーマ周囲皮膚に使用されるようになりました。これは後に商品名バリケアと名付けられ、現在もストーマケアに使用されている皮膚保護材です。バリケアは接着力も強くなり、耐久性も向上し皮膚保護能力も向上しました。皮膚保護材は便を受けるプラスチック袋と合わせてストーマケア用にシステム化され、ストーマ装具と呼ばれるようになりました。

創傷治癒理論と商品の一体化

  1970年代には、Winterらに始る湿潤環境の考え方や創傷治癒に関する研究がさらに進展し、そこにストーマケアにおける閉鎖環境による創傷治癒促進効果の経験が融合し、閉鎖湿潤環境理論として統一されて、研究と臨床応用が進みました。
  食品用ラップに替わって、水蒸気や空気は通すが水は通さない素材である、商品名オプサイト(ポリウレタンフィルム)が発明されました。オプサイトによって創傷周囲皮膚を浸軟させず、かつ創傷面には閉鎖湿潤環境を作れるようになり、臨床での使用が始まりました。
  ところでバリケアは、ストーマ周囲の皮膚潰瘍のみでなく、褥創(床ずれ)や下腿潰瘍にも使用されるようになり、「今までのガーゼドレッシング法と違い、痂皮を作らず速やかに治る」という臨床報告が、主に当時から活躍を始めたET(ストーマ療法士:ストーマや創傷ケアの専門看護師)を中心に行われるようになりました。その結果、バリケアを創傷用に作り直し、1982年商品化されたのがデュオアクティブです。これはハイドロコロイドドレッシング材として分類され、ポリウレタンフィルムに次ぐ二つ目の閉鎖性ドレッシング材となりました。
  このように1970~1980年代にはポリウレタンフィルムとハイドロコロイドという画期的な発明と商品化によって、創傷治癒には湿潤環境が必要であることと、閉鎖性ドレッシング材がこの目的に最もかなっていることが実験によって証明されていきました。そうして閉鎖湿潤環境の理論が確立したのです。

問題点

  ポリウレタンフィルムとハイドロコロイドという画期的な商品は、湿潤環境および閉鎖環境を作るドレッシング材です。これは従来のガーゼによる乾燥開放環境による治癒過程とはかなり違った治り方をします。
  閉鎖湿潤環境における創傷治癒のメカニズムを理解せずに閉鎖性ドレッシング材を導入した場合、戸惑いが起こります。例えば、「カサブタを作らない」ことや、「ドレッシング材が溶けて湿潤環境を作っているときのドロドロした状態を感染と誤る」ことや、「創表面の壊死組織が湿潤環境下で自己融解するために、一時的に創面積が大きくなる」ことなどが挙げられます。
  また、痂皮を作らずに肉芽組織で創面が被われ始めた時や、創表面に白色のブヨブヨした新生表皮が出てきた時に、これを綿球などでこすり取ってしまうと創治癒がストップしてしまいます。
  このように閉鎖性ドレッシング材のもたらす湿潤環境下での創傷治癒過程および理論の普及が進んでいないために、今だにこれら二つのドレッシング材が医療現場であまり使用されていいないことは大変残念と言わざるを得ません。