第24回 褥創発症と栄養障害

2007年4月1日

褥創における組織障害と修復

 褥創は仙骨・尾骨部など骨が飛び出した部位に発症します。寝たきりになると仙骨・尾骨部が下になり、長時間圧迫を受けることになります。その結果、飛び出た骨と皮膚に挟まれた全ての組織は血行不良になり組織障害が進行していきます。
 しかし、体を全く動かさずにいることは稀で、食事をしたり排泄をしたりする時には、一時的にでも圧迫が解除されます。最近では体位変換の必要性が叫ばれたり、体圧分散寝具(エアーマットレスなど)が導入されることから、高い圧迫が長時間かかることは少なくなってきました。これら体位変換や体圧分散効果によって、ある程度傷ついた皮膚や皮下組織も修復され、潰瘍(褥創)に至らずに済んでいるのです。
 このように微妙なバランスによって褥創を発症しない寝たきりの方は多くいらっしゃいます。つまり、傷んだ組織がアポトーシスで死ぬとともに新しい組織が合成されることが重要なのです。このとき、局所では蛋白質の合成が順調に行われています。

栄養障害と褥創の発症

 ところで、このような方が何らかの理由、例えば肺炎になって食欲が低下し食事を2~3日摂らなかったり、感染性の腸炎などによる下痢が原因で脱水によるけい妄状態となり食事量が減ったらどうなるのでしょうか。
 摂取エネルギーが減っても私たちの体の器官は活動を続けます。これらの基礎代謝エネルギーは生命維持に必要です。このときエネルギーはどこから来るかというと、体の組織を壊してエネルギー源としているのです。
 まずはグリコーゲンが消費されますが、すぐに無くなります。次には脂肪を分解することと筋肉を分解することでエネルギーを産生します。このように筋肉などの蛋白質を分解してエネルギーを作ることを「異化作用」と呼びます。さらに食事量の減った状態が長くなると蛋白質合成が抑制されてきますが、これを「異化亢進状態」と呼びます。異化亢進状態下では、蛋白質合成そのものである創傷の修復過程も当然抑制されてしまいます。
 さて褥創発症においてはどのような影響が出るのでしょうか。寝たきりの方で圧迫により傷んだ皮膚及び皮下組織に対し体位変換や体圧分散寝具導入をおこなっても、食事量が減り摂取エネルギー不足が続く異化更新状態になると、蛋白質合成ができないことから組織の修復が行われなくなってしまいます。そして組織障害は進行し、ついに潰瘍(褥創)を発症してしまうのです。
 このような事から、寝たきりの方での栄養量(食事摂取量)には十分注意し、1~2日食事量が減ったら早めに栄養補給療法を開始する必要があります。
 高齢者の摂取カロリー危険ラインは、900Kcalと考えられます。これ以下の状態が3日以上続くようであれば褥創発症はもちろん、生命維持にとっても大変重大な危険状態と考えられます。

蛋白質摂取と褥創発症

 我々の生命維持にとって摂取エネルギー量が大変重要であることを理解してもらえたと思います。基礎代謝量を越えるエネルギー摂取は確かに重要ですが、この時摂る栄養素が糖質や脂質主体で蛋白質が不足するとどうなるのでしょうか。
 我々の体は恒常性を維持するため、毎日肝臓で大量の酵素を合成し、消化管でも大量の消化酵素を生産しています。また、量的には少ないのですが、各臓器でホルモンの合成も行われています。これら酵素やホルモンは全て蛋白質です。
 摂取エネルギー量を増やすと異化亢進状態を脱し、蛋白質合成にエネルギーを利用できる状態になります。このとき次に問題となるのが、エネルギー量が十分摂れていても蛋白質合成の材料は足りているのかという点です。 我々の体の全ての蛋白質は、その最小単位である20種類のアミノ酸を組み合わせることで作られています。蛋白質の特徴は、その構造にチッ素を含むことです。残念ながら我々の体は、糖質や脂肪から蛋白質を合成することはできません。つまり我々の体が蛋白質を合成するとき、その材料であるアミノ酸は外部から食事として取り込むしかないのです。このとき、たとえ豚や牛や魚あるいは植物であっても、これらに含まれる蛋白質を胃や小腸の働きで消化し、アミノ酸にまで分解してから小腸で吸収するのです。
 このようにして消化吸収されたアミノ酸を、我々の体は蛋白質合成の材料として使うのです。いくら糖質や脂質を大量にとっても、蛋白質合成の材料になることは決してありません。
 では食事からの蛋白質摂取量が足りないときはどうするのでしょうか。この場合も筋肉蛋白質を分解することで、蛋白質合成の材料となるアミノ酸が用意されるのです。
 何と摂取エネルギー量が足りていても摂取蛋白質量が足りない場合、エネルギー摂取不足の時と同じように、やはり異化亢進状態に陥ります。つまり、蛋白質合成は著しく抑制されるのです。
 繰り返しになりますが、蛋白質摂取不足があると、圧迫で傷んだ組織の修復が行われなくなり、褥創発症へと至るのです。
 蛋白質摂取不足は、すぐには生命を危険にはしませんが、創傷治癒には重大な影響を与えます。高齢者では1日35~40gは最低必要でしょう。これ以下は危険状態と考えられます。

在宅の栄養障害対策

 寝たきり高齢者の方では、体を動かさないことによる廃用萎縮によって筋肉量が著しく低下しています。その分基礎代謝量は減っているのですが、栄養予備能としての筋肉・脂肪が減っているのです。また、食欲も低下し、栄養のバランスも偏っていることが多く、もともと栄養不良状態にある方が多いことも知られています。このような方に肺炎や下痢などが起こると、一気に栄養障害状態に移行します。今回は褥創発症という観点から解説しましたが、褥創に限らず生命の危険状態になっているのです。これらの栄養危険状態へは在宅でいつの間にか進行していきます。
 今後在宅高齢者が増える環境がいよいよ現実的となってきました。在宅での栄養不良状態にある人を早めに発見できれば、少しの専門的アドバイスを行うことで栄養状態を改善できるでしょう。また、すでに栄養障害状態になった方でも、早期に診断できれば短期間の治療によってすぐに元気になれるのです。これら在宅栄養に関する問題は地域連携によるアプローチでしか解決できないと思います。また正しい情報を医療者と患者・家族が共有することも大切なことです。

さいごに

 以上のように在宅における栄養の問題は大変重要と考え、2006年3月に高岡在宅NST研究会が発足しました。この高岡地区住民がさらに安心できる社会となるよう、皆様の御参加をお願いし、その結果すばらしい連携がおこなわれることを期待しております。
 高岡市と高岡市医師会からも、この研究会には後援をいただいております。