褥創の発症期には、皮下組織が壊死していても皮膚はまだ生き残っている可能性がある点については、前回書きました。しかし、この状況での治療が奏効せず皮膚も壊死に陥ると、褥創の表面は真皮壊死による黒色の痂皮で被われます。
褥創では皮膚壊死による黒色痂皮だけが問題ではなく、黒色痂皮の下に脂肪や筋肉の壊死も存在するため、細菌感染がおきやすい状態であることも問題です。もともと褥創は仙骨部など体の下になる部位に発症するため、汗が溜まりやすく、便や尿による汚染にもさらされる部位です。このため黒色痂皮のある褥創においては、何らかの対策をしないと感染は必発といえます。
感染褥創のデブリードメント
黒色痂皮の下で細菌感染がおこると「化膿の4徴」が創周囲皮膚にみられるようになります。「化膿の4徴」とは、皮膚に「発赤」「腫脹:皮膚のむくみ」「熱感:触ると熱い」「疼痛:押すと痛がる」という強い炎症所見がある状態です。これらのうち1つあれば感染を疑って厳重に経過観察し、2つ以上あれば直ちに痂皮を外科的に切開・切除し創を開放化する必要があります。
このようにハサミやメスによって痂皮を切開・切除することを外科的デブリードメントと呼びます。「化膿の4徴」がある場合は、既に痂皮の下には膿が溜まっており、痂皮部分のみの切開や切除では出血や疼痛はなく、局所麻酔や電気メスを用意する必要はありません。
感染のない褥創のデブリードメント
「化膿の4徴」のない痂皮であっても、できるだけ早く除去することが勧められます。痂皮の除去方法としては、三つの方法があり、それぞれ外科的デブリードメント・化学的デブリードメント・自己融解デブリードメントと呼びます。
- 外科的デブリードメント
感染をおきにくくするなどの創治癒環境改善を目的として、痂皮などの異物や創面の不良肉芽組織、あるいはポケット(皮下に広がった腔)などを、メスやハサミなどによって切開・切除する方法です。
外科的デブリードメントをおこなうにあたっては、感染がなくても痂皮などの異物に対する炎症反応がおこっており、血流が豊富なため、安易にメスやハサミで切り込むと思わぬ大出血に見舞われます。局所麻酔などの麻酔をおこなったのち、電気メスによって止血しながら切開・切除します。切開・切除術後は、カルトスタットなどの止血効果と創の湿潤環境を維持する作用を合わせ持つアルギン酸カルシウムドレッシング材の使用が勧められます。 - 化学的デブリードメント
化学的デブリードメントとは、酵素製剤を使って壊死組織を融解し除去をはかる方法です。黒色痂皮は主に変性したコラーゲンやフィブリンによってできています。現在国内で使用できる酵素製剤は、エレース末とブロメライン軟膏しかありません。ブロメライン軟膏は水溶性軟膏であるため創面を乾燥させる作用が強く、黒色痂皮のデブリードメントには適していません。そこでエレース末を使った化学的デブリードメントについて解説します。
エレース末はガラスの小瓶(バイアル)に入った粉末の外用薬であり、処方箋によって請求できます。痂皮の大きさにあわせて、まず痂皮の表面のみを被う程度に小さく切ったガーゼを用意します。これを湿らせる程度の生理的食塩水を注射器に吸います。例えば1/8枚のガーゼに対し、生理的食塩水4~5mlが目安です。これをエレース末のバイアルに注入して溶かし、再び注射器に入れ、用意したガーゼを湿らせます。エレース末を溶かした生理的食塩水で湿らせたガーゼを黒色痂皮部にあてがい、全体をフィルム材(オプサイトやテガダームなど)で密閉固定します。交換は1日1回おこないます。
ガーゼを少量にするのは、酵素製剤をできるだけ高濃度に創面に接触させるためで、フィルム材で覆うのも同様の理由です。このようにすることで、黒色痂皮は黄色あるいは白色となり、軟化していきます。軟らかくなったら適宜ハサミで切除しますが、このとき痛みや出血はなく、やがて肉芽創が出てきます。だいたい2~4週間で全面肉芽創になります。
注意点として、経過中、特に初期において痂皮周囲皮膚に「化膿の4徴」が出現することがあります。これは既に痂皮の下に感染が成立したことを意味するので、直ちに外科的デブリードメントを施行する必要があります。 - 自己融解デブリードメント
黒色痂皮の深部は滲出液で満たされています。滲出液中のマクロファージや好中球はコラゲナーゼなどの蛋白分解酵素(MMPs)を分泌し、痂皮を自己融解していきます。これらの生体の出す酵素を利用して痂皮を軟化・除去する方法が、自己融解デブリードメントです。
最も効果的なのは、創面にハイドロコロイドドレッシング材を貼付し、1~2日毎に交換していく方法です。痂皮に湿潤環境がもたらされることで滲出液中に含まれる自己融解酵素が作用し、黒色痂皮は黄色・白色へと変化し全体的に軟らかくなります。軟らかくなった痂皮を適宜ハサミで除去していきます。出血や痛みはありません。3~4週間で壊死組織はなくなり肉芽創となります。
自己融解デブリードメントをおこなう場合も、ドレッシング交換のたびに「化膿の4徴」の有無を診断します。「化膿の4徴」がみられた場合は、直ちに外科的デブリードメントによって切開排膿をおこないます。
以上、褥創初期にみられる黒色痂皮のデブリードメントについて解説しました。しかし、褥創の局所療法のみが治療ではなく、集学的・協働的な治療が必要です。栄養食事療法・体圧分散療法・運動療法なども併せておこなわないと、どのようなデブリードメントを選択しても良い結果は期待できません